【日本映画】 2010.11.01 (Mon)
黒澤映画の原節子
日本映画史を代表する大女優・原節子。
『青い山脈』 や 『東京物語』 などから 「聖女」「理想の日本女性」 のイメージがもっぱらですが、ぼくは黒澤明監督作の原節子のほうがずっと好きです。
『わが青春に悔なし ('46東宝)』
『白痴 ('51松竹)』
原さんが出た黒澤映画はこの初期マイナー作品の2本だけですが、いずれも 「聖処女・原節子」 のイメージをぶち壊す烈女ぶり。

(c)はわからない
『わが青春に悔なし』 では、大学教授の令嬢役で学生たちのマドンナ的存在。
いきなり、なんの理由もなく男に土下座を強います。 思わずドキッとさせられますが、これはべつに傲慢なわけじゃなくて、騎士にひざまづかれる西洋のお姫様への無邪気な憧れだと思う。 戦前の女卑社会ならなおさら夢のまた夢。 そういう世間知らずのお嬢さま。
そんなお嬢さまも国家の弾圧と闘い、挫折を繰り返して力強く成長します。
「非国民」 とののしられながら立ち上がり歩きだす、あの強烈な目ヂカラ! 泥にまみれながら黙々と野良仕事に打ち込む神々しさは、ソ連の大家エイゼンシュテインの映画を見るよう。 (上の写真なんか、もろエイゼンさんですよね。)
原節子らしくなくとも、原節子じゃなければ誰ができただろうと思わせるほどの、唯一無二の存在感。 この作品は黒澤のものではなく、まったく 「原節子」 でもっています。
『わが青春に悔なし ('46東宝)』
主演 : 原節子、藤田進、大河内伝次郎、河野秋武
戦中の思想弾圧に翻弄される学生たちを描く。
戦後、労使が激しく対立した 「東宝争議」 の製作当時、労働組合の圧力により農村のシーンが無理やり追加されたそうだが、この迫力あるシーンのおかげで、上滑りしている 「民主主義バンザイ」 映画を救っている感あり。

一方、ドストエフスキー原作を日本に移した 『白痴』。
原さんは忌まわしき生い立ちを背負う、男たち人間たちへの呪いに取りつかれた悪女の役。
その黒ずくめの衣装やどぎついメイクは、男たちを破滅へ導く魔女さながら。 それでいて貼りついて離れない底なしの哀しみ・・・。 女優・原節子の懐の深さを思い知らされました。
「白痴」 の主人公・森雅之の大熱演ともども、鬼気せまる緊張感が全編にたぎる異形の作。 劇中の 「まとも」 な三船敏郎のように、彼らの世界に引きずり込まれていくような錯覚をおぼえます。
肉くってる人種のぶつかり合い。 1951年の日本映画でこの迫力はすごい。 時代が早すぎた。
『白痴 ('51松竹)』
主演 : 森雅之、原節子、三船敏郎、久我美子
異色かつ難解なストーリーは興行的には成功しなかったが、ドストエフスキーを愛読して育った黒澤はその主題を見事に消化している。
全4時間25分を2時間26分に大幅カットされた黒澤が、「フィルムを切るなら縦に切れ!」 と激怒したエピソードが有名。
・・・聞けば、黒澤の代表作 『羅生門 ('50)』 のヒロインも原さんがやる予定だったらしい。実際の京マチ子さんもこの上なく素晴らしいハマリ役だったのですが、あの熱情を内に秘めたしたたかなヒロインを 「烈女・原節子」 がやっていたら・・・と思うとゾクゾクしてたまりません。
最後に、小津安二郎の名作中の名作 『東京物語 ('53)』 から、ラスト原節子のセリフ。
「わたくし、ずるいんです」
10代のころはジジくさくて理解できなかった 『東京物語』 ですが、唯一これだけはぐぐっときました。 そんな、なんとかして貴女を狂わせたいぼくを叱ってください、節子さま。
- 関連記事
-
- 伊丹十三の大傑作 『タンポポ』
- 黒澤映画の原節子
- 高峰×成瀬の 『乱れる ('64東宝)』
| このページの上へ↑ |