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【この本!】 2006.12.22 (Fri)

ゲーテと『ロード・オブ・ザ・リング』

 
 人には一番好きな物語、座右の書、人生を変えた本・・・いろいろあるでしょうが、ぼくにとっての一冊は、ゲーテ畢生の大作『ファウスト』です。
 全宇宙の知識への飽くなき欲求にかられた学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスと手を結び、世界と歴史を股にかけ旅する壮大な物語。 その名前は、例えば手塚治虫やカラヤンのように、知識や世界すべてを極めつくしたい性質の人の代名詞として用いられています。

 うち第一部は、若く生まれ変わったファウストと、少女マルガレーテ(愛称グレートヘン)との恋を描いていて、後世の芸術家に計り知れぬインスパイア<触発>をもたらしました。 かたや後半の第二部は、壮年期のファウストが富と名声と家庭を手にし、波乱の生涯を終えるまでのさらなる大冒険。
 しかし少なからぬ読者が、第二部で挫折します。
 物語が深く複雑になるにつれ、ゲーテの文体が凝りに凝っていくせいもありますが、この第二部、個々のエピソードは面白いはずなのに、どうも大人になったファウストに感情移入しにくいのです。


 そのへんの くすぶり をうまく解消してあるのが、J・R・R・トールキン『指輪物語~ロード・オブ・ザ・リング』。 ここでは少年フロドと勇者アラゴルン、年齢の違うふたりの冒険を並行させ、物語が展開します。
 一方の主役、フロド少年の仲間は身内のみ。冒険の世界も小さい。誘惑とたたかい、もがき苦しみ悩む旅。その意味するものは、思春期に誰しも経験する“自分探しの旅”にほかなりません。
 もう一方、すでに大人になったアラゴルンは、もはや自分に悩みません。社会や組織をまとめ、いかに能力を発揮するか。仲間を説き伏せたり援軍を請うたりと、大きな世界を奔走します。
 世の少年少女が両者を比べたとき、自己の内面を見つめ、たたかう少年フロドのほうに感情移入しやすいのは明らか。 ゲーテの『ファウスト』もそう。ゲーテ自身が成熟し、巧緻に作りこまれた第二部のファウストより、若く破天荒な第一部のファウストのほうが、ずっと魅力的に映るのです。

 で、以下『ロード・オブ・ザ・リング』のラスト(映画版の)に関するネタバレなのですが・・・ラスト、フロド少年は、魔法使いガンダルフと共に船で旅に出ます。それが“死”の比喩であることは、いうまでもありません。
 ただ、これは決して悲劇ではない。“自分探しの旅”を終えた少年が、大人へと脱皮する通過儀礼というべき。巻末、少年の肉体は滅んでも、勇気と誇りを獲得したその精神は、巻頭の勇者アラゴルンとして蘇ることでしょう。
 『ファウスト』の構造を借りれば、物語の本質において、フロドとアラゴルンはふたりでひとつの存在といってもいいのです。

 この『指輪物語~ロード・オブ・ザ・リング』、発展途上の“小世界”と、成熟した“大世界”を同時に展開させる話法が、長大な物語を飽きさせずに読ませる秘訣。さらにぼくは、このふたりの主人公が、ひとつの輪のように永遠につながりながら、なおかつ交差しているという、巧みな仕掛けを読み取ります。
 正直なところ、ぼくは映画も小説も熱心に観たわけではないのですが、そのへんは大いに感心させられました。

 ついでに言うと、日本のマンガの -‐‐まだ原石・発展途上の少年少女主人公と、それに対抗・かつ広い世界へ先んじる天才的で大人びた 「宿命のライバル」 --- という定番の構図も、まったく同じことです。
 
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