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【アメリカ映画】 2007.10.24 (Wed)

『十二人の怒れる男』

『十二人の怒れる男 (1957米)』  監督シドニー・ルメット、 原作・脚色レジナルド・ローズ

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 議論の経緯をそっくりそのまま上映時間に収めた白熱の96分。
 この名作法廷映画、「脚本家のバイブル」と言われているとおり、とにかくストーリー展開がおもしろい!

 猛暑のニューヨーク。ある殺人事件の裁判の陪審員として集まった12人の市民たち。皆が安易に「有罪」に傾く中、ひとりの陪審員が異を唱えたことから、決まりかけていた評決はひとり、またひとりずつ覆されていく・・・。


 地味なテーマ、地味な俳優、狭っ苦しい室内だけの地味な舞台設定・・・。でも、娯楽としてのあらゆる派手さを取り除いてもこれだけおもしろいのだから、脚本の力はすごいなぁと、いつだって感心させられる特別な作品です。



 ≪ビバ、第3号!≫                                           

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 個性あふれる12人の陪審員、主人公の≪第8号≫ヘンリー・フォンダが立派なのは分かります。 でも悪役好きからすれば、粗野で横暴な≪第3号≫リー・J・コッブが最高!
 口をゆがめてフォンダに食ってかかる演技はオーバーではありますが、最後の「Not guilty…」にはぐっときた。 細部が少し異なる原作戯曲も読みましたが、映画のほうがずっとドラマチック。

 このL・J・コッブ、アカデミー作品賞 『波止場('50)』でも憎々しい敵役(助演賞候補)を演じた実力派ですが、「赤狩り」時代に俳優仲間を政府に売った「裏切り者」として、本国ではあまり光を当てられていないのが残念。
 ≪第3号≫みたいなのが親父なら誰だって家出するけど、存在感たっぷりの名悪役でした。



 ≪ビバ、民主主義!≫                                         

 「民主主義のすばらしさ」が本作の魅力と言われますが、≪第8号≫が「正義」を貫くから素晴らしいのではなく、反対・少数意見でも尊重しあえる社会こそ「すばらしき民主主義」たるゆえんでしょう。
 なにしろ、≪第8号≫が導いた答えが「真実」で「正義」である証拠はどこにもありませんから。≪第8号≫の小さな抵抗に、(まがいなりにも!)耳を傾ける他の11人こそ、真の民主主義の申し子といえるかもしれません。

 そういう意味で一番印象に残っているシーンが、陪審員たちがそれぞれ裁判所を後にするラストです。
 社会の「正義」を追求するのは見ず知らずの一市民たち。その力を信じる社会の強さと成熟度。 同時に、「一歩議場を出れば“昨日の敵は今日の友”。それが民主議会の礼儀」 と小学生のころ教わったことを思い出しました。
 このさわやかなラスト・シーンは、たとえ議論が困難な道のりであっても相手への敬意を忘れず、最善の答えを出すための努力を惜しんではならないことを教えてくれます。



 ≪その他の怒れる男≫                                        

 脚本家・三谷幸喜さんが日本ふうにアレンジしたコメディ映画 『12人の優しい日本人』('91)も大好きです。 あいまいな日本人らしく、周囲の意見に流され二転三転する様がおかしくて、「奥さんスリル満点だねぇ!」。
 今にして思えば監督の中原俊さんとは作風が違うけど、若き日の俊英どうし、映画にかける情熱が想像できて好感が持てた。 偉大なオリジナル版にまったく引けをとらない、別のおもしろさがありました。

 一方、'97年にアメリカでTV用にリメイクされたウィリアム・フリードキン監督版は、演出も思想も年寄りくさくてダメ。
 冷徹な理論家≪第4号≫を演じたジョージ・C・スコットは見事だったが、老優ジャック・レモンが主人公の≪第8号≫だって!? あの年齢なら≪第9号≫でしょう! 背筋が丸まった弱々しいヒーローなんか、まったく説得力がありません。 しかも偏狭な≪第10号≫をイスラム急進派として描いており、とても公正なものとはいえない。
 そもそもフリードキンみたいな差別主義者にリメイクさせるのが間違い。



 ≪十二人のホントに怒っていた男?≫                               

 法廷ものの大家S・ルメット監督の映画デビュー作にして、原作R・ローズの名を歴史に刻んだこの不朽の名作。
 日本では、裁判員制度の導入を控えてにわかに再注目されていますが、ぼくは、過去の名作を社会的・芸術的に神聖視することは嫌いなので、いたずらに本作のテーマを重く受け止めるのではなく、スリリングな言葉の格闘劇として楽しんでいます。

 ローズの幼い息子さんがこの作品を見て、「すごい、ホント、みんな怒っていたね!」 と言ったというエピソード (原作本の前文より) が、ちょっと笑えました。


 (↓ 12人のキャラクター紹介)

【続き・・・】

 
 おまけ≪徹底解剖!12人の怒れる男たち!≫
 原作の設定文の表現を借りながら、簡単に人物紹介です。

 第8号(ヘンリー・フォンダ)
 「思慮深く」「深い思いやりを持った強い男」。また「正義のためにはあえて闘う」。ただし、賢明で魅力的な人物には違いないが、彼が「正義」であるという証拠はどこにもないことを肝に銘じておかなければならない。

 第9号(ジョセフ・スウィーニー)
 「はるか昔に人生の敗北者となった現状をよく認識している」が、今も社会に対して「勇気を持って行動したい」と思っている「おだやかな老人」。


 第5号(ジャック・クラグマン)
 まじめだが、うまく自己主張できない「気の弱い」男。被告同様、貧しいスラムの出身だが、苦労して人並みの生活を手に入れたようだ。(それともこのスーツは、この日のために無理してあつらえたのだろうか?)

 第11号(ジョージ・ヴォスコーヴェック)
 「ヨーロッパの戦乱と圧政から逃れてきた」時計職人。移民のコンプレックスから「卑下・謙遜」しているが、胸中では「真剣に正義を求めている」。

 第6号(エドワード・ビンズ)
 「誠実だが鈍い男」。人に使われるだけの塗装工。敬老の心構えなど人間としての基本はわきまえているが、それ以上の高度な社会意識を求めるのは難しい。


 第1号(マーティン・バルサム)
 陪審員長。進行役に徹し、「よき陪審員長たらんと努力」しているが、「特に聡明ではない」。ないがしろにされ、スネるところがカワイ…くはないか。高校フットボール部のコーチ。

 第2号(ジョン・フィードラー)
 おしゃべりなメガネのとっちゃん坊や。原作には「自分自身の意見がなく」「影響されやすい」とあるが、むしろ人の意見を補足・強調して、物語を盛り上げる相づち役。


 第7号(ジャック・ウォーデン)
 ヤンキースの試合開始だけが気になる「がさつなセールスマン」。陪審員の任務を軽視しており、まじめに討論しようとしない困った人。

 第12号(ロバート・ウェバー)
 「頭がよく、調子もよい広告マン」。若く「いい奴」ではあるが、「人間に対する真の理解は持っていない」。真剣な議論になるとタジタジになってしまう。


 第4番(E・G・マーシャル)
 「金にも地位にも恵まれている」株の仲買人。「提示された証拠のみに関心を持つ」冷徹な理論家。社会正義を追究せんとする自負に富む一方、「他の陪審員」をどこかで軽侮している。

 第10番(エド・ベグリー)
 デリカシーのかけらもない、「怒りっぽい不愉快な男」。「外国人」やスラム出身者への偏見に満ちており、軽々しく口にして「出会う人間すべてを敵に回してしまう」。(原作の説明文は、「これまでも、これからも“無”の人生」と散々な言いよう。)

 第3番(リー・J・コッブ)
 いわゆる昔かたぎのスパルタ親父。「非常にたくましく、自分の意見に確信を持って」いるが自己中心的で、強圧的な態度でしか人を従わせることができない。アメリカ保守層の典型と言えよう。ケンカ別れした息子がいる。

 
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