【このアート!】 2023.01.13 (Fri)
川瀬巴水と「新版画」

「新版画」――
――明治の文明開化以降、時代遅れの芸術としてすたれていた浮世絵版画を、
新しい題材や技法、感性でよみがえらせた運動・ジャンルです。
この1、2年であちこちの美術展に行ってきました。
川瀬巴水 『東京二十景・芝増上寺』。1925年。
雪の増上寺。吹きつける寒風に、傘をつぼめて歩く女性。
巴水は女性の顔を描かず、観る者に想像させる。平安絵巻から受け継がれる「粋」。
木の幹を画面手前に置くのも、浮世絵おなじみの構図。
寒風に大きくしなる、雪をかぶった松葉の立体感は、白い顔料を厚く盛って塗る
「胡粉(ごふん)」の技法を意識したものだろう。
そんなきびしい風雪にも動じることはない増上寺山門、その静かなる風格・・・。
やっぱり巴水はいちばん目を惹きます。群を抜いてうまい。美しい。
同じ 『東京二十景』 シリーズからもうひとつの代表作 『馬込の月』 の、巴水ブルーも必見!
明治半ばに生まれ大正以降に活躍した巴水にとって、江戸はもちろん明治元年の景色は
すでにノスタルジーのかなた。
しかも関東大震災と東京大空襲で東京は2度も灰燼と帰しており、
(巴水の師匠である巨匠・鏑木清方がそうであったように、)
失われた情景と、生き残った情景に対するとくべつな郷愁と使命感が込められたのでしょう。
師匠の清方一門からは他に、伊東深水や吉田博、笠松紫浪(しろう)など新版画の名匠を輩出。
深水こそ美人画で有名ですが、素朴なタッチがポップな色感をかもしだす吉田、
そして現代的な洗練で巴水とはまた違った美しさの、最後の新版画師と言われる笠松・・・。
こんな素晴らしい名手たちがいることを、長く知りませんでした。
明治の終わり、芸術性を志向した絵師や彫り師が、独立して作品を完結する 「創作版画」 が日本でも始まる(彫師・山本鼎など)。これに刺激を受けた浮世絵商の渡邊庄三郎が、従来の大衆娯楽の立場から、絵師・彫師・摺(すり)師による分業システムの伝統も残そうと提唱・プロデュースしたのが 「新版画」。
西洋絵画・版画の技術を取り入れながら、電灯や鉄橋、洋装の人々など当世のモダンな社会風俗を写したほか、折からのジャポニズム・ブームを受けた海外輸出用として、古い江戸情緒の風景も多く採り上げられた。
摺(す)られた色の数も、江戸期の10回未満から最低でも20回へ。川瀬巴水らのような大家ともなると4、50回も色が重ねられたそうで、しばしば倹約令のやり玉に挙がって色数や表現が制限された江戸時代の浮世絵版画に比べ、より自由に豊かに芸術性・大衆性を満たしていった。
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