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【JAZZ】 2009.04.10 (Fri)

ジャズの風雲児、逝く。


                   故フレディ・ハバードと盟友ハービー・ハンコック
 

 去る2008年12月29日、ジャズ・トランペッターのフレディ・ハバードが亡くなった。享年70。
 ハバードといえば何といっても1970年代、ハービー・ハンコックらと組んだ ≪VSOPクインテット≫ での熱演が白眉。 『ライヴ・イン・USA 』 ('77) や豪雨の来日公演 『アンダー・ザ・スカイ伝説』 ('79)は、ジャズ史上でも重要な名演中の名演だ。

 そして、VSOP結成のきっかけとなったライブ盤 『ニューポートの追想』 ('76)。ハービーが大きく振りかぶったジャケット写真は、小さいころ父のレコードで見たぼくの 「ジャズ原体験」 なので、特別な印象が残っている (写真右)。

    ハービー・ハンコック (ピアノ)
    ウィエン・ショーター (サックス)
    トニー・ウィリアムズ (ドラムス)
    ロン・カーター (ベース)
 and フレディ・ハバード (トランペット)

 このライブ、本来は ≪マイルス・デイヴィス・グループ≫ 公演のはずだった。が、不調のマイルスの代役としてハバードが抜擢され、大成功を収めてそのまま大看板マイルスに取って代わったというのだから後生おそるべし。 うるさい?御大が抜けたことで若手どうし、アコースティック・ジャズの現在進行形をのびのびと、そしてガツンと突きつけてみせた。

 とくにマイルス門下のジャズ・エリート集団に、いい意味での 「俗っぽさ」 を加えたのがハバードだった。 燃えるように荒々しく、しかし一音一音が輝かんばかりの超絶技巧は、言うならば 「ジャズ北斗百裂拳」。
 盟友ハービーの歴史的名盤 『処女航海』 ('65)は、そんなハバードの真骨頂。夭折の天才トランペッターの後継を競った ≪ポスト・クリフォード・ブラウン≫ の面目躍如だ。

 一方で、自身のリーダー作 『オープン・セサミ』『レッド・クレイ』 がややマイナー扱いなのは、彼のそういう俗っぽさが敬遠され、特に日本では埋もれてしまったのかもしれない。
 しかし、育ての親アート・ブレイキー親父や 出来た弟ハービーの下なら、一世一代の天才を解放させる…。どこか頼りないけど憎めない、そんな 「寅さん」 のようなフレディ・ハバード、ぼくは大好きでした。
 どうぞ安らかに…。
 

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