【このアート!】 2018.03.17 (Sat)

ルノワールの美少女『イレーヌ嬢』

ルノワール『イレーヌ嬢』

ずっと夢焦がれていた名画が来日しました。

ルノワール作の肖像画 『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』。 東京・国立新美術館。


子供のころ、家にあった美術全集が初めての出会い。

あまりの美しさに、薄紙にトレースして色鉛筆で模写したものです。

似せるまで何度も描き直してみたものの、自分の画才のなさを思い知るだけ。

きびしい?現実に最後がっくりきたのを覚えています。


ルノワールにとっては、陽光のアルジェリア旅行によって 「脱・印象派」 を果たす、その直前の作品。

透き通った白い肌と一本一本まで輝く髪。 空気の色まで伝わってくる清潔感。

古い美術全集の色あせた記憶と印刷が、鮮やかに塗り替えられたような感動がありました。

脱・印象派後の、古典風にのっぺりと塗った後期ルノワールが好きじゃないぼくにとっては、

「最後のルノワール」とでもいえる心の傑作です。


同時に、イレーヌとその肖像画がたどった陰のドラマも今になって初めて知りました。


 パリの裕福なユダヤ系一家に生まれたイレーヌ。描かれたのは1880年、当時8歳。苗字の「Cahen d'Anvers」は「アントワープのカーン家」という意味だそうだ。(「アントワープ」は英語読みで、蘭語「アントウェルペン」や仏語「アンヴェール」のほうが実際のところ。)

 一方のルノワールは、人気の「印象派」の中心画家ではあったものの、世間一般の認知はあまたいる画家のひとりでしかなく、こういう金持ち相手の商売も余儀なくされていた。
 しかもカーン家は印象派のぼんやりとした画風を気に入らず、この絵は屋敷の隅にひっそりと掛けられただけだったという。

 長じてイレーヌは結婚し家庭を持つが、晩年期にナチスドイツがフランスを占領。ユダヤ人の一族の財産は収奪され、この絵もH・ゲーリングの手に渡る。イレーヌはカトリックのイタリア人伯爵と再婚していたため難を逃れたが、妹そして前夫との娘や孫たちはアウシュヴィッツの犠牲となってしまった。

 戦後この絵はイレーヌのもとに返還されるが、彼女はほどなく売りに出し、1963年に91歳で亡くなった。最晩年の生活はあまり伝わっていないが、イタリア貴族との再婚も大戦前には破綻していたというから、絵の売却は経済的に迫られたのか、単に愛着がなかったのか、それとも・・・。



いくつか残っている成年後の写真が、絵のイメージを崩さずにいてくれたのがせめてもの救い

でしょうか。


一方、肖像画のその後は明らか。

よりによって、ナチスとも結んで財を成した武器商人ビュールレに渡って現在に至っている――。

――子供の頃からの記憶にある、印象派の名品ばかりを集めた素晴らしいコレクションでしたが、

死の商人の名を冠した展覧会に立っている複雑な思いも残りました。

 
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