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【クラシック音楽】 2017.09.16 (Sat)

夏の終わりのメンデルスゾーン

メンデルスゾーン『無言歌集1』エッシェンバッハ
(全曲盤)

しばらくぶりにメンデルスゾーンの 『無言歌』 集を聴きました。

クリストフ・エッシェンバッハのピアノによるCD。1975年録音。


『春の歌』 がいちばん広く親しまれていますね。

ほか、第1曲 『甘い思い出』 がせつなく、妙に心に引っかかった。

その理由をよくよく思い返してみれば、受験の一番つらい時期に聴いていたせいだった。

今となってはそれも甘くほろ苦い思い出、と言えるのでしょうか。


「谷間の世代」とされるエッシェンバッハの、クールなのか温かいのかよく分からない「中庸の美」な

演奏と録音音質も、あの頃を思い出させてくれました。

今夜はよく眠れそうです。


 HMV試聴ページへ (ハイライト盤)


 長く理不尽な差別と弾圧を受け、多くが強制居住区域<ゲットー>での生活を余儀なくされていたユダヤ人たち。その最初の成功者と言えるのが、ドイツのメンデルスゾーン家でした――。

 貧しいゲットーから出た祖父モーゼスは、独学で学問を修め、同時代のI・カントと並び称される哲学者として大成。ユダヤ文化の体系化と近代化の第一歩を記す。(「それまでの五〇〇年間で、最も著名なユダヤ人となった。」
 モーゼスを継いだ父アブラハムも銀行家として財を成し、家族ともどもキリスト教に改宗。ドイツ社会との融和を目指した。

 そして3代目にあたるフェリックス。 「モーツァルトの再来」 とも呼ばれた早熟の天才児として、19世紀ドイツロマン派音楽界の実力者として君臨。(最も有名な 『真夏の夜の夢』 を作曲したのは17歳の時!)
 母の実家がバッハ家のパトロンであったことから、(信じられないことだが)当時世間から忘れられていたJ・S・バッハの作品を発掘し、今に至る 「音楽の父」 としての地位を決定づけた功績は大きい。また、指揮者として「指揮棒」 を初めて使ったのも彼だったというのはちょっとしたウンチク。
 40歳を前にして早すぎる死を迎えたが、彼の子供たちも事業や学問の世界でそれぞれ成功を収めた。

 しかしその後、反ユダヤ思想の高まりにより、その急先鋒たるワーグナーから手ひどく攻撃され、続くナチス政権によってメンデルスゾーン家の遺産は徹底的に収奪・破壊される。フェリックスの音楽も不当に軽んじられ、名誉回復には戦後しばらくまでかかった。

 今では、古典派ベートーヴェンを継いでロマン派黄金時代を築きあげた巨人のひとりとして、ふたたび人気作曲家に返り咲いたのはご存知のとおり。
 近年は姉のファンニーの、女性初の作曲家・ピアニストとしての 「自立した女性像」 にも注目が高まっている。

 ――ハーバート・クッファーバーグ著 『メンデルスゾーン家の人々/三代のユダヤ人』 が力作でした。日本人にはなかなか伝わりにくい、当時のユダヤ人の置かれた状況も勉強になった。


 
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