【日本映画】 2015.03.15 (Sun)
『祇園囃子(1953日)』 は美しいか

溝口健二監督の名作映画 『祇園囃子(ぎおんばやし)』。1953年、大映。
京都祇園の芸妓として生きる女たちの、美しくも厳しい世界を描く。主演は木暮実千代、若尾文子。
「強引なお客は人権無視で憲法違反」 なんてのたまうアプレゲール(「戦後派」つまり現代っ子)な妹分・若尾さんのまぁかわいらしいこと!!
髪結いさんの励ましにもうわの空で 「ン・・・ン」 とうなずくシーンに萌えきゅんキュンキュキューン! 今のアキバのアイドルちゃんたちには、こういう演技をぜひ勉強していただきたい。
若尾さんを 「君はバロックのよう」 と評したご仁がいたけど、まさに真珠のようにつややかな肌、うなじのなめらかな曲線にため息しきり。
撮影・宮川一夫、照明・岡本健一・・・。大映が、溝口組が誇る名匠たちの仕事は、いつだってハズレなし。モノクロなのに 「色」 がある。光をはじく映像の質感からして違うのだから。
そしてメイクは、今回初めて知った小林昌典さんという方。あの雷蔵さんを妖艶な美剣士 『眠狂四郎』 に仕立てた大映の第一人者だそうだ。
名作映画と気軽に触れ合える現代は、彼ら職人たちの存在と功績を知るよい機会でもある。ほんま勉強させてもろてます。
姉さん分の木暮実千代さんは、完成された大人の色気。
帯をほどくのでも着物をはだけるのでもなく、「足袋を脱ぐ」 行為に一番のエロティシズムを込めた。これにはうなった。
そんな主役のふたりに伍する存在感なのが、お茶屋のおかみを演じた浪花千栄子さん。
顔を立ててしきたりに従うよう諭す、静かなる迫力。浪花さんが映るだけで、空気がピンと張りつめたような緊張感。
後年は、オロナインのホーロー看板――ふくよか・家庭的な笑顔で広く親しまれましたが、本作や 『二十四の瞳』 『錦之助版・宮本武蔵シリーズ』 などのイメージからか、ぼくは 「酷薄なコワい人」 に思ってしまう。それくらいすごい役者さんです。
対する男たちはまぁ、揃いも揃ってイヤな奴ばかり!
身元保証を断っておいて、娘が売れっ子になると金の無心にくる父親(進藤英太郎)。
とにかく自分勝手なエロ専務(河津清三郎)は自業自得。
そして木暮姐さんにご執心のむっつり役人(小柴幹治)、真面目ぶったこいつが一番イヤ。
それと比べれば冒頭の、仕事もせずに芸者遊びに明け暮れる甲斐性なしの男(田中春男)なんかは、あとでイヤミな仕返しに来るけどまだいい人だよ。(田中春男さんはこういう役がピッタリで好き!)
・・・で、お話は、どうにも解せなかった。
体を売らんと生活できん 「京都の名物も世界の名物も、みんな嘘や!」 となじる妹分の怒りがすべて。不快感しか残らなかった。
自立した人間の強さではなく、醜い現実に身をまかせるしかないガマン強さだけ。こんな話が美しいか??
溝口映画の頭脳、川口松太郎原作&依田義賢脚本とは、とことん肌が合わないなぁ・・・。
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