【アメリカ映画】 2014.09.11 (Thu)
反戦をこめて・・・『ジョニーは戦場へ行った』

戦場で四肢を、目を、鼻を、口を、耳を失った男。それでも彼は生きていた・・・。
痛烈な現実を突きつける反戦映画 『ジョニーは戦場へ行った』。1971年アメリカ。
監督は名脚本家ダルトン・トランボ。
トランボといえばアメリカの反体制思想を弾圧する 「赤狩り (マッカーシズム)」 により、長くハリウッドから追放されていたことで知られる。それでも彼は友人の脚本家「イアン・マクレラン・ハンター」の名前を借りて、ひそかにあの 『ローマの休日』 など名作を書いた。(ぼくはずっと後年、この闘士トランボと名作ラブロマンスがつながっていることを知って、あまりのギャップに驚いたものだ。)
本作は、第2次大戦中に書いた自作小説を、ベトナム戦争中にみずから映画化。その間アメリカが戦争をするたび、何度となく発禁処分に遭ったいわくつきの問題作だ。
実を言うと、映画としてはあまり上手くなかった。過去の回想シーンはカットのひとつひとつが長くてダレるし、(登場人物は大した教育を受けていないイナカ親子なのに)言葉の修飾が過ぎる。シナリオへの思い入れが深すぎて客観的になれなかった「監督兼脚本」にありがちなパターン。
それでも終盤は目を離せないほど引き込まれた。(以下ラストに言及。)
――ひとりの心ある看護師の献身で、主人公は太陽の光を肌で感じ、自分の意思を伝える通信の手段を発見する。他者と分かり合い、自分を表現する喜びを得た主人公が発した「言葉」とは?そしてそれに対する「答え」は・・・?
「 KILL ME!」
「それでも彼は生きていた」 ではない、死ねなかったのだ。死ぬことすら叶わない生き地獄、彼はこれまでもこれからも、人間性を奪われた「ひと塊」の患者として時間を費やすしかないのか。
観る者にとっても、心に光が差すような高揚から、せまく暗い絶望に押し込められたような急転直下。こんなに救いのない、皮肉で残酷な結末があるだろうか。
ラストのテロップが示すとおり、これは戦争の悲劇の何億・何千万ぶんの一でしかない。国が勝とうが負けようが、一生を棒に振る傷と痛みを負うのはわれわれ 「個人」 だ。
国家や軍や組織にとって、「個人」 など掃いて捨てるほどあるチリ芥でしかない。そのくせ忠誠と沈黙を求めたがる理不尽さに怒りをおぼえた。
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