【ヒッチコック米時代】 2012.04.20 (Fri)
『救命艇 (1943米)』

≪感想≫
小さな救命艇の中だけ ! を舞台にした究極の密室劇。「ノーカットふう」 に挑戦した 『ロープ ('48)』 同様、ヒッチのあくなき実験精神には頭が下がる。とても好きな作品。
ストーリーも、それぞれの個性や思想が生々しくぶつかり合っていて、いつものサスペンス・ミステリーとはひと味違ったスリル感 (※TV吹き替え版=寺島信子、羽佐間道夫ほか)。
各人がちっぽけなエゴと偏見に満ち、極限状態の中でそれが暴かれるだけではなく、暴走もしてしまう人間の怖ろしさ。 宝石、刺青、トランプ、コンパス・・・、それぞれが拠りどころとするアイデンティティのもろさにも皮肉が利いている。 一同がドイツ兵に飛びかかるシーンは、ヒッチが意図したとおり、獣が肉にむさぼりつくようなおぞましさを感じた。
A・ヒッチコック監督第30作 『救命艇 (1943米)』
出演/タルラ・バンクヘッド (雑誌記者コニー)
ジョン・ホディアック (客船の機関士コバック)
ウォルター・スレザック (ドイツ兵ウィリー)
ヘンリー・ハル (実業家リッテンハウス)
ウィリアム・ベンディックス (負傷した船員ガス)
メアリー・アンダーソン (看護師アリス)
ヒューム・クローニン (無線士スタンリー)
カナダ・リー (黒人の調理師ジョー)
ヘザー・エンジェル (子連れのヒギンス夫人)
≪あらすじ≫
第二次大戦下の大西洋。客船がドイツ軍のUボートに撃沈され、8人の老若男女が一隻の救命艇に乗り込む。そこに相撃ちになったドイツ艦の乗員も助けあげられる。生き延びるためには航海術に長けたこの敵兵に頼るほかない。しかし極限のサバイバル行にみなが苦しむ中、ひとりドイツ兵は・・・。
≪解説≫
舞台が終始ボートの中という特異な設定。男と女、敵と味方、富と貧困・・・小さな救命艇の中で、さまざまな人間模様が交錯する。 ノーカット風に撮った 『ロープ('48)』 や、舞台・視点を限定した 『裏窓('54)』 など、映画づくりにハードルを課すことを好んだヒッチの実験的作品。 「緊張感が高まる人物のクローズアップだけで1本作ったらどうなるか?」 がそもそもの発案。水中の魚のシーン以外、カメラはボート内から出ていない。
ヒッチの実験精神あふれる演出が評価される一方で、「賢いドイツに振り回される連合国」とも読めるストーリーは、戦下のアメリカにあって保守派や地方都市から批判を浴びた。日本劇場未公開。
アカデミー監督、原案賞ノミネート。(この年の作品賞はレオ・マッケリー監督 『我が道を往く』)
'57年まであった 「原案賞」 の候補は文豪J・スタインベック。 実際の原案はヒッチ自身で、彼はもともと脚本を任されていたがヒッチは気に入らず改稿、名義だけ 「原作者」 として残された。
≪ヒッチはここだ!≫
25分ごろ、やせ薬の新聞広告の中、「使用前、使用後」 のモデルとして。
登場人物や舞台設定が限られているストーリーでの苦肉の策だったが、奇しくも一連のチョイ役出演の最高傑作となった。
実際ヒッチは300⇒200ポンド(90kg/173cm)のダイエットに成功しており、この架空のやせ薬 「Reduco(≒ヤセール)」 を求めて問い合わせが殺到したとかしないとか。 ちなみにヒッチのダイエットは、朝昼はコーヒーだけという無理な方法。案の定リバウンドしている。
『LIFEBOAT』
監督/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/ジョー・スワリング
原作/ジョン・スタインベック (脚本の初稿だけ手掛け、名義だけ残された。)
撮影/グレン・マックウィリアムズ
音楽/ヒューゴー・フリードホーファー
製作/ケネス・マックワゴン
20世紀フォックス 106分
【続き・・・】
≪裏話≫
この頃からイギリス時代に見られた意地の悪い皮肉やいたずら癖は影を潜め、感情を殺した怪紳士というキャラクターへと変貌していく。世界大戦、アメリカ社会での新生活、過度な肥満とダイエット、そして前'42年病没の母エマに続いて、兄ウィリアムを睡眠薬の誤用による変死 (自殺?・・・ただ周囲の誰もがそう思ったことは確か) で亡くしたことなどが影響しているか。(もともと年の離れた兄姉とは、ほとんど交流がなかったとはいえ。)
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