【ヒッチコック米時代】 2012.03.24 (Sat)
『汚名 (1946米)』

≪感想 (※ラストに言及)≫
銃もナイフも出てこない。主人公が断崖に宙吊りされるわけでもない・・・。スパイ・サスペンスものの体裁を取っているが、敵味方に分かれて戦う恋人たちの武器は 「愛」。 ヒロインの汚名もヒーローの任務も晴らされることはなかったが、抱き合って屋敷を脱出するラスト、敵富豪の 「愛」 の敗北で物語が決まる。
ぐっと面白くなるのは後半、妻の愛はいつわりで、陰謀もあばかれたと知った後の大富豪。ひとつだけ消えたカギや 「1934」 年のボトルの描写などは、ヒッチもノッていてスリル演出に血肉が通っているように思えた。翌朝、苦渋に満ちた息子とどこまでも冷徹な母が相談する場面も。 この母子の両優がいい。
現代人からすれば、序盤のヒロインの自堕落なエロス感が物足りなかったが、当時はあの長いキス・シーンだけでじゅうぶんスキャンダラスだったということか。 ここに登場する恋人たちの、より抑制を強いられた愛の苦しみもどかしさは潮(うしお)のように伝わってきた。
A・ヒッチコック監督第32作 『汚名 (1946米)』
出演/イングリッド・バーグマン (アリシア・ヒューバーマン)
ケイリー・グラント (T・R・デヴリン)
クロード・レインズ (富豪アレックス・セバスチャン)
レオボルティーネ・コンスタンチン (富豪の母)
≪あらすじ≫
父がナチのスパイだと知ったアリシアは自暴自棄な生活を送っていたが、アメリカの諜報員デヴリンと出会い、その調査に協力することに。ふたりは南米リオの富豪セバスチャンに近づくが、アリシアははずみで富豪の求婚を受け入れてしまう。
≪解説≫
人生に絶望するあまり、男を取っかえひっかえのすさんだ生活。ようやく運命の恋人を見つけた矢先に、その愛に報いるために愛してもいない他の男と結婚。 あの人はすぐそばにいるのに! ・・・スリリングな背徳の香りを漂わせたロマンティック・サスペンス。
バーグマンとグラントの約4分にわたるキスシーンは、当時のハリウッドの道徳を破るセンセーショナルなものだった。(途切れ途切れのキスだから制限時間内だろう?というヒッチの理屈が、悪役レスラーの反則行為みたいで笑えた。)
アカデミー脚本、助演男優賞(C・レインズ)ノミネート。
ロマンチストの製作者セルズニックは、諜報活動やウラン鉱など政治・軍事的なプロットのわずらわしさを嫌い (事実FBIなどから目を付けられたそうだ)、作品の権利をRKO社に売り払ったが、ヒッチ自らプロデューサーになってヒットに導いた。
当のヒッチも、「ウラン鉱」 というマクガフィン (物語のカギとなる設定) は何でも良かったと振り返っている(「ウラニウムがいやならダイヤモンドにしましょう」)。 もったいつけたテーマなんかより、スリリングな恋や冒険の中身で勝負、というわけだ。
≪裏話≫
後の 『サイコ』 にもつながる大富豪のマザコンぶりは、ヒッチ自身の投影と言われている。
ヒッチの母エマは、カトリックの厳格なしつけを施す一方で、3人兄妹の末っ子アルフレッドを溺愛した。さらにヒッチ15歳のとき夫を亡くした失意から、母子は互いに過干渉に傾き、ヒッチは成人してもしばらくの間、母に一日の報告を丁寧に聞かせていたという。母エマは渡米をうながすヒッチの誘いも聞かず、戦下のイギリスで'42年(『疑惑の影』の撮影前)に病没している。
富と名声にあかせてヒロインをその手にしながら、もどかしく悩む大富豪の気迷いは、愛する女優バーグマンに対する監督ヒッチの感情そのままといってもよい。(ヒッチはこの頃、「バーグマンからベッドに誘われた」 との妄想を公言していたというのだからアブない人だ。)
≪ヒッチはここだ!≫
64分、富豪邸のパーティでシャンパンを飲み干す。 初級編。
『NOTORIOUS』
監督・原案・製作/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/ベン・ヘクト (アカデミー脚本賞ノミネート)
撮影/テッド・テツラフ
衣装/イーディス・ヘッド (後の『裏窓('54)』からはヒッチ作品の常連になる名匠)
音楽/ロイ・ウェッブ
共同制作/バーバラ・キオン
RKO 101分
【続き・・・】
エレガントなムードの中にも、固い意志と情念を秘めたバーグマンは相変わらず美しい。 序盤のリゾート・ルック (当時の流行?) より、中盤以降のクラシカルなドレスのほうがやっぱりすてき (衣装は巨匠E・ヘッド)。 薬物を盛られて憔悴しきった表情ですら、美の価値は揺るがない。
ただ、このあと演技のリアリズムに傾いていく彼女と、娯楽重視のヒッチコック作品とはもともとの性が合わなかったのかな、と感じた。
一方、相手役のグラントはあくまで任務重視で冷たく思えるが、嫌みに感じさせないのはさすが。 ・・・ちなみに、バーグマンがロッセリーニ監督との不倫で大バッシングを受けている時、唯一友情を保ってくれたのがこのグラントだったという。
アプロック社の500円DVDは、翻訳も声優も仕事が安い。誤字脱字がひどく、感情のヒダや物語の背景が翻訳・表現しきれていない。さすが500円。(上の写真のDVDも同様かどうかは未確認)
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