【ヒッチコック米時代】 2012.03.12 (Mon)
『パラダイン夫人の恋 (1947米)』

≪感想≫
製作兼脚本セルズニックのワンマン作品で、愛のヘリクツとフンイキ優先。各人が唐突に(!)愛に狂ったり嫉妬したり。
キャラクターはレールの上で 「駒」 として都合よく動いているだけ。「個」のうねりぶつかりはなく、みんな同じことを知り同じほうを向いている。そんな「えらい人」の言いなりが透けて見える映画など面白いはずがない。
ヒッチの演出は上品で才能がよく出ている。 被告席の夫人が愛人の入廷を背中で感じ取るシーン、わざわざヒッチお得意の 「スクリーン・プロセス(背景合成)」 で撮ったという微妙な空間のゆがみが、愛の高揚感が湧きあふれるようでとても素晴らしかった。ここだけは何度でも繰り返し観たい。
ヒッチは 「卑俗な下男」 役のジュールダンが二枚目すぎたことが不満だったようだが、ジュールダンはじゅうぶん健闘している。ほか判事役C・ロートンのスケベったらしさや、その妻役エセル・バリモアの妙なおびえなどもハマリ役で目を引いた。(この夫妻の描写はだいぶカットされたというのが残念。)
一方、肝心のペックが愛に狂うほど演技派じゃないのが、一番のマイナス印象になったのかも。この勝手に横恋慕する弁護士、いっそとことん悪役にすれば面白かったのに。
A・ヒッチコック監督第33作 『パラダイン夫人の恋 (1947米)』
出演/グレゴリー・ペック (アンソニー・キーン弁護士)
アリダ・ヴァリ (マグダレーナ・パラダイン夫人)
アン・トッド (キーンの妻ゲイ)
チャールズ・ロートン (ホーフィルド判事)
ルイ・ジュールダン (下男アンドレイ・ラトゥール)
≪あらすじ≫
ロンドンの弁護士キ-ンは、夫を殺害したというパラダイン夫人の弁護を引き受ける。彼はたちまち美しい夫人の虜になるが、彼女が卑俗な下男ラトゥールと関係があったことを知り、がく然とする。夫人への盲目的な愛と、ラトゥールへの軽蔑心から、キーンは次第に弁護士としての冷静さを失っていく。
≪解説≫
脚本も担当した製作者セルズニック。いかにも彼好みの大時代的なメロドラマに仕上がった。セルズニックはシーンごとにシナリオを送ってよこすので、ヒッチは全体像をつかめず苦労したという。そこが失敗した最大の原因だ。
これでセルズニックとの独占契約が切れたヒッチは、本作を最後に独立。 現場への口出しの多さで知られる辣腕プロデューサーと、完璧主義の気難し屋な監督・・・、渡米第1作『レベッカ』以来、かなりの火花を散らし続けた両者は、ついに袂を分かつ。
≪裏話≫
当時のセルズニックは、ヒッチら大物と専属契約を結んでは他社に貸し出す商法で大もうけする一方で、いち製作者としては戦前ほどヒット作を出せずに焦っていた。本作も企画時から周囲の受けが悪く、最終的にはシナリオを自筆するハメに。 相変わらず独裁をふるって疎まれる一方で、ヒッチとアルマ夫妻の顔色をうかがうような弱気も見せていたという。 (この専属契約で縛るやり方と現場への口うるさい介入は、やがて彼が人心を失う原因になった。)
そんな彼の起死回生となったのが、2年後の歴史的名作 『第三の男 ('49)』。その不滅のヒロインを演じたのがイタリア出身、本作でハリウッド・デビューさせた秘蔵っ子アリダ・ヴァリであった。
≪ヒッチはここだ!≫
35分すぎ、駅を出るG・ペックの後ろ、チェロを抱えてタバコをぷかり。
『THE PARADINE CASE』
監督/アルフレッド・ヒッチコック
製作・脚本/デヴィッド・O・セルズニック
原作/ロバート・ヒチェンス
撮影/リー・ガームス
音楽/フランツ・ワックスマン
セルズニック=ユナイト 114分
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