【ヒッチコック米時代】 2012.01.16 (Mon)
『私は告白する (1953米)』

≪感想≫
他人の罪をかぶってでも沈黙を貫くカトリック神父の姿勢は、同じキリスト教圏では異論反論があり受けなかったそうですが、部外者には 「そういうものか」 と単純に受け入れられた。 その設定はじゅうぶんキャッチーで個性的。
また、我が身可愛さゆえに奸智に走る真犯人の下男は根っからの悪者ではないし、その妻のかよわい怯えも多面的な人間ドラマを期待させる。 M・クリフト以下俳優陣の演技は素晴らしい。緊張感あふれる出色の心理描写。
ところが、そんな深い心理劇を期待させておいて踏み込みが甘く、中盤以降は並のメロドラマになってしまった。ヒロインが回想する平板な恋物語や、不倫の是非を裁判で長々と問うくだりは実に退屈で、ラストのアクションも取ってつけたよう。 現代でも通用する傑作になりえたのに、ヘンに世間におもねってしまったのが残念です。
A・ヒッチコック監督第38作 『私は告白する (1953米)』
出演/モンゴメリー・クリフト (マイケル・ローガン神父)
アン・バクスター (ルース・グランフォート)
O・E・ハッセ (オットー・ケラー)
ドリー・ハス(ケラーの妻アルマ)
カール・マルデン (ラルー警視)
≪あらすじ≫
カナダ・ケベックのカトリック教会。ローガン神父は下男のケラーから殺人を犯したとの懺悔を告白される。しかし人妻ルースとの怪しい密会から、神父自身が容疑者にされてしまう。カトリックの戒律により、信者の懺悔を他言することはできない。神父はこのまま身代わりとなって罰を受けるのか・・・?
≪解説≫
真実と戒律のはざまで苦悩する神父を描く。テーマが宗教とあって、ヒッチらしからぬ重苦しい作品となった。
一方で、はまり役のM・クリフトが素晴らしい演技を見せる。娯楽第一のヒッチにとって、クリフトや刑事役K・マルデンら、このころ台頭してきた舞台畑・メソッド演技系の俳優とは合わなかったというが、その彼らの名演でもっている。
≪余話~カトリックとしてのヒッチについて≫
アイルランド系のカトリック信者は、英国国教のイギリスでは厄介者あつかいすらされたマイノリティ。青果店を営んでいたヒッチコック家は、経済的に不自由はなかったものの社会的には下級階層に属していた。
両親と寄宿学校から、カトリックの厳しいしつけと教育を受けたヒッチ少年。後に彼自身が述懐するほど度を外れた厳しさではなかったと思われるのだが、繊細な気質の少年にはたしかに大きな重しとしてのしかかった。
表立ってはとくべつ熱心な信仰心を表明していたわけではないが、このとき叩き込まれた道徳観は、彼の生涯の人格形成に決定的な影響を及ぼす。
すなわち、抑圧を打ち破るスリルへの衝動の一方で、破綻を恐れる用心深い自制心――。 隣りあわせの不気味さと品格は、作品やヒッチ自身のキャラクターに共通して見られる傾向になっている。
≪ヒッチはここだ!≫
冒頭、石段の上を横切る。
『 I CONFESS 』
監督・製作/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/ジョージ・タヴォリ
ウィリアム・アーチボルト
原作/ポール・アンテルム
撮影/ロバート・バークス
音楽/ディミトリ・ティオムキン
共同制作/バーバラ・キーオン
ワーナー 95分
【続き・・・】
≪裏話≫
中盤以降、せめて 「ふつうの奥さん」 だったヒロインにヒッチ作品らしい艶気があれば、もう少しは乗れただろう。
当初アニタ・ビョルクというスウェーデン人女優がヒロイン役に予定されていたが、彼女は 「未婚の母」 として渡米。 同国出身の大女優イングリッド・バーグマンが伊R・ロッセリーニ監督と駆け落ちする大スキャンダルがあったばかりなため、悪いイメージを恐れてワーナー社が起用を避けたのだそうだ。
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