【ヒッチコック米時代】 2011.09.11 (Sun)
『引き裂かれたカーテン (1966米)』

≪感想≫
やはり健康的で色気がないジュリーは 「ヒッチコック・ヒロイン」 に向いていない。新世代ニューマンの演技はおざなりで印象に残らない。何よりヒッチの冷戦政治劇がマンガっぽすぎて向いていない。(事実ニューマンは、ヒッチの古い作劇や演出にやる気が出なかったそうだ。)
ただ農夫の妻を交えた格闘シーンなど個々のスリルは、緊迫感にあふれていてさすがの名人芸。わざわざオーブンまで引きずっていくのが 「殺しのアイディアマン」 ヒッチの本領であり面白さ。そういうのが 「ウソっぽい、マンガっぽい」 とツッコまれるようになった時点で、古き良きヒッチの時代は終わったと言えるのだろう。
それでも以後の老衰を思えば、まだ面白いほうだった。
A・ヒッチコック監督第50作 『引き裂かれたカーテン (1966米)』
出演/ポール・ニューマン (マイケル・アームストロング)
ジュリー・アンドリュース (セーラ・シャーマン)
ギュンター・シュトラク (マンフレート教授)
ウォルフガング・キーリング (秘密警察官グロメク)
キャロリン・コンウェル (農夫の妻)
≪あらすじ≫
アメリカの科学者マイケルと助手で婚約者のセーラは、コペンハーゲンの学会に赴く途上にあった。しかしセーラは恋人の不可解な行動に疑いを抱く。マイケルの行く先は「鉄のカーテン」の向こう、東ベルリンだったのだ。謎の人物たちと密会を重ねるマイケルの真意とは・・・?
≪解説≫
前年の 『サウンド・オブ・ミュージック』 でトップ・ミュージカルスターになったジュリーの初ベッドシーンを売りにしたが、興行は失敗。
長年音楽を提供してきたバーナード・ハーマンとの感情的なケンカ別れも大きかった。撮影のロバート・バークスも参加していない。
≪B・ハーマンとの破局≫
前作 『マーニー』 で、ユニヴァーサル社から 「今ふうのポップな音楽を」 と求められていたヒッチは、ハーマンの作風に対してあからさまな悪口を言ってしまったことからふたりの口論に発展。 後日ハーマンは仲直りにとヒッチを訪ねるが、ヒッチは居留守を使って会おうとすらしなかった・・・。
・・・もともと意地の悪い皮肉屋で人づきあいが下手なヒッチの性格と、映画界の巨匠にまつり上げられた 「裸の王様」 ぶりがもたらした最悪の破局であった。
≪この頃・・・≫
キューバ危機に始まりケネディ暗殺、黒人公民権運動、アポロ月面着陸、そしてヴェトナム戦争のドロ沼化と、時代は混迷の'60年代。テレビという新興メディアが伝える“真実”が、映画の“絵空事”を凌駕してハリウッド自体が衰退。「ニューシネマ」 と呼ばれる大胆な世代交代が求められた中で、ヒッチも急速に 「過去の人」 になりつつあった。
一方で同'66年、フランスの映画監督F・トリュフォーとの対談本 『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』 が刊行。衰えていく創作力と反比例するように、「映像の神様」 としてヒッチ崇拝・再評価の機運が高まっていく。
≪ヒッチはここだ!≫
8分、ホテルのロビーで、赤ちゃんを抱いて座っている。
『TORN CURTAIN』
監督・製作/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/ブライアン・ムーア
撮影/ジョン・F・ウォーレン
音楽/ジョン・アディソン
ユニヴァーサル 128分
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