【この本!】 2019.02.02 (Sat)
寒い朝の白楽天

(廬山 ・香炉峰)
寒い朝に、白居易(白楽天)の漢詩をおひとつ・・・。
日高睡足猶慵起 日は高く、睡(ねむ)りは足りているのに起きるのが慵(ものう)い。
小閣重衾不怕寒 小さな我が家は布団を重ねれば寒さも怕(おそ)れることはない。
寒い朝は布団から出られないのは、中国何千年だろうがいっしょ。
題して 『香炉峰下 新卜山居 草堂初成 偶題東壁』。「香炉峰のふもとに、適地を占ってもらっていた新居が完成したので、たまたま東の壁に記しておいたもの」 といったところか。白居易が政争に巻き込まれて南方に左遷されていた時期の作。
香炉峰は中国屈指の名勝 「廬山」 の一角をなす山。 『聖闘士星矢』ファンなら 「廬山昇龍覇!」 でおなじみの廬山です。
遺愛寺鐘欹枕聴 遺愛寺の鐘を枕を欹(かたむけ)て聴き、
香炉峰雪撥簾看 香炉峰の雪を簾を撥(はねあげ)て見る。
匡廬便是逃名地 匡廬は俗世の功名を逃れるにはもってこいの地、
司馬仍為送老官 司馬は老後を送るにはもってこいの官職だ。
この詩の影響だろうか、「香炉峰」といえば「雪」というイメージ。漢文の教養深さで知られた清少納言が、すだれを上げる仕草で周囲をうならせたエピソードが有名です(『枕草子』)。
「超」がつくエリート官僚だった白居易はこうやって強がりながらも、左遷の屈辱・みじめさを数々の名作にぶつけながら、やがて受け入れ達観していく。一度は中央政府に呼び寄せられながらも、みずから地方職を願い出て悠々自適の余生を送った。
心泰身寧是帰処 心身の休まる所が帰るべきところ。
故郷何独在長安 故郷とは長安だけをいうものではない。
玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋が唐王朝を傾けた「安史の乱」。その後遺症も深い当時は、地方の知事に当たる「節度使」が半独立し(「藩鎮」)、それぞれ長安や洛陽に劣らぬ発展を遂げていました。白居易も、廬山や杭州・西湖など暖かい南方の奇観壮観に囲まれ、鶏口牛後を満喫したか。
(ちなみに日本では「鳴くよウグイス平安京」が造られ、最澄・空海が唐から帰国。そろそろ遣唐使やめようかという時期。)
たしかに、こんなとこなら左遷されてもいい。ぼくも何か悪いことしちゃおうかな。
- 関連記事
-
- 寒い朝の白楽天
- ≪この本!≫書庫もくじ
- オー・ヘンリーのオチ (再)
| このページの上へ↑ |