【どうわ】 2017.04.13 (Thu)

吾輩は赤ちゃんである (第5話)

夏目漱石イラスト

 ・・・その翌日、吾輩は例のごとく縁側に出て心持ちよく昼寝をしていたら、父が例になく書斎から出て来て吾輩の後ろで何かしきりにやっている。ふと眼が覚めて何をしているかと一分ばかり細目に眼をあけて見ると、彼は余念もなくアレッサンドロ・デル・ピエロをきめ込んでいる。吾輩はこの有様を見ておもわず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼の友に揶揄(やゆ)せられたる結果として、まず手初めに吾輩を一眼レフカメラで撮影しつつあるのである。
 吾輩はすでに十分寝た。欠伸(あくび)がしたくてたまらない。しかしせっかく父が熱心にレンズを向けているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛抱しておった。彼は今、吾輩の輪廓にピントを合わせ、顔のあたりを撮っている。

 吾輩は自白する。吾輩は赤ちゃんとして決して上々の出来ではない。背といい毛並といい顔の造作といい、あえて他の赤ちゃんに勝るとは決して思っておらん。しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の父に写されつつあるような妙な姿とは、どうしても思われない。
 第一、顔が違う。吾輩は博多人形のごとく朱を含める乳白色に、桃のごとき柔らかいほっぺを有しておる。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今父の写真を見ると、髭とあばたのおじさんというよりほかに評し方のない顔をしておる。これは父の顔である。驚くべきことに一緒に並んで写った父と吾輩の顔が、まるまる切り取られて交換されておるではないか。
 その上不思議な事は眼がやたら大きい。顔の半分を占めるほどの、昭和四十年代の少女漫画もかくやとばかりの大きさだ。

 父は自分に写真の才がないことに飽きて、変顔アプリを見つけてひとり喜悦に入りだしたのである――。


 しかしその熱心には感服せざるを得ない。なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきから小便が催している。身内の筋肉はむずむずする。もはや一分も猶予が出来ぬ仕儀となったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分に伸ばして、ちんちんを低く押し出してあーあ と大なる小便をした。
 さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。どうせ父の予定は打ち壊したのだから、父がおむつを開いたついでにもうひとひねり用を足した。

 すると小便を浴びた父は失望と怒りをかき交ぜたような声をして、股の間から「このばかちんが」と怒鳴った。この父は人を罵るときは必ずばかちんというのが癖である。ほかに悪口の言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛抱した人の気も知らないで、むやみにばかちん呼ばわりは失敬だと思う。それも平生、吾輩が彼の膝へ乗る時に少しはよい顔でもするならこの漫罵(まんば=ののしり)も甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何ひとつ快(こころよ)くしてくれた事もないのに、顔に小便を引っ掛けたのをばかちんとはひどい。
 元来大人というものは、自己の力量に慢じてみんな増長している。少し大人より強いものが出て来て窘(たしな)めてやらなくては、この先どこまで増長するか分らない。

 つづく

 
関連記事

タグ : 夏目漱石 パロディ  テーマ : 夏目漱石  ジャンル : 小説・文学

20:10  |  どうわ  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑