【クラシック音楽】 2017.04.27 (Thu)

ホロヴィッツ plays モーツァルト

ホロヴィッツ plays モーツァルト
モーツァルト 『ピアノ協奏曲第23番(K.488)』 CD盤


20世紀を代表する偉大なピアニスト、ウラジミール・ホロヴィッツ。

ロシア⇒アメリカ好みのきらびやかな超絶テクニックを持ち味とした彼が、珍しくモーツァルトを演奏。

ずいぶん昔、NHK-BSでこの 『ピアノ協奏曲第23番』 の録音ドキュメンタリー番組を観たのですが、

その時の雷に打たれたような感動は今でも忘れられません。


  ≪Amazon試聴ページ≫


指揮はカルロ・マリア・ジュリーニ、演奏はミラノ・スカラ座o。1987年。(亡くなる2年前の84歳!)

CDはよく見かけますが、ドキュメンタリー版はVHSだけでまだDVD化されていないらしい。

ぼくはNHKでの再放送時に満を持してビデオ録画したテープを今、たまたま掘り出して観ています。


まず目をひくのが、伸ばしたり折り曲げたりと、気持ち悪いくらいの指づかい!(ほめ言葉)

「悪魔的」と形容されるのも分かる。 真似したら指の腱ブチブチ切りそうです。


そして通常より速いテンポの、いま聴いたらずいぶん奇抜なモーツァルト像。

でもこの異形さというか、唯一無二の個性と世界にこそホロヴィッツたるゆえんがあります。

この不思議な求心力と説得力は、どう説明したらいいのだろう??

やっぱり映像で見ないと伝わらないので、ぜひDVDで復刻してほしい。


ちなみに録音現場にも同席しているワンダ夫人は、大指揮者トスカニーニの娘なのは有名。

そのせいかなんかすごい貫禄感じてしまいました。

 
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18:54  |  クラシック音楽  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【  ベランダでメダカ】 2017.04.19 (Wed)

メダカだより2017

P1080058 (20)

ベランダ飼育のメダカちゃん、暖かくなったので汚れた水槽をリニューアルしました。

毎度おなじみ発泡スチロール箱。もとはゴボウのパックが入ってたらしいがそんな事はさておき。

底の玉石(水替えポンプに吸われにくい)や陶片類もざっと洗いました。


当のメダカたちは毎春恒例、半冬眠している間に飼い主をすっかり忘れてしまい逃げてばかり。

まぁ元気なのが何より。気長にエサでつっていきます。


浮草ホテイアオイは知人から分けてもらいました。

寒さに弱い熱帯性。うちは毎年買い替えているのに、越冬させるなんてすごい。

もともと、うちのメダカを分けて飼いはじめた人なので、完全に師匠越えです。


――この書庫の「メダカ飼育法」の過去記事、表示崩れや追記があるので随時直していきます。

よければ覗いていってください。

 
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08:03  |    ベランダでメダカ  |  コメント(1)  |  EDIT  |  上へ↑

【どうわ】 2017.04.13 (Thu)

吾輩は赤ちゃんである (第5話)

夏目漱石イラスト

 ・・・その翌日、吾輩は例のごとく縁側に出て心持ちよく昼寝をしていたら、父が例になく書斎から出て来て吾輩の後ろで何かしきりにやっている。ふと眼が覚めて何をしているかと一分ばかり細目に眼をあけて見ると、彼は余念もなくアレッサンドロ・デル・ピエロをきめ込んでいる。吾輩はこの有様を見ておもわず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼の友に揶揄(やゆ)せられたる結果として、まず手初めに吾輩を一眼レフカメラで撮影しつつあるのである。
 吾輩はすでに十分寝た。欠伸(あくび)がしたくてたまらない。しかしせっかく父が熱心にレンズを向けているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛抱しておった。彼は今、吾輩の輪廓にピントを合わせ、顔のあたりを撮っている。

 吾輩は自白する。吾輩は赤ちゃんとして決して上々の出来ではない。背といい毛並といい顔の造作といい、あえて他の赤ちゃんに勝るとは決して思っておらん。しかしいくら不器量の吾輩でも、今吾輩の主人に写されつつあるような妙な姿とは、どうしても思われない。
 第一、顔が違う。吾輩は博多人形のごとく朱を含める乳白色に、桃のごとき柔らかいほっぺを有しておる。これだけは誰が見ても疑うべからざる事実と思う。しかるに今父の写真を見ると、髭とあばたのおじさんというよりほかに評し方のない顔をしておる。これは父の顔である。驚くべきことに一緒に並んで写った父と吾輩の顔が、まるまる切り取られて交換されておるではないか。
 その上不思議な事は眼がやたら大きい。顔の半分を占めるほどの、昭和四十年代の少女漫画もかくやとばかりの大きさだ。

 父は自分に写真の才がないことに飽きて、変顔アプリを見つけてひとり喜悦に入りだしたのである――。


 しかしその熱心には感服せざるを得ない。なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきから小便が催している。身内の筋肉はむずむずする。もはや一分も猶予が出来ぬ仕儀となったから、やむをえず失敬して両足を前へ存分に伸ばして、ちんちんを低く押し出してあーあ と大なる小便をした。
 さてこうなって見ると、もうおとなしくしていても仕方がない。どうせ父の予定は打ち壊したのだから、父がおむつを開いたついでにもうひとひねり用を足した。

 すると小便を浴びた父は失望と怒りをかき交ぜたような声をして、股の間から「このばかちんが」と怒鳴った。この父は人を罵るときは必ずばかちんというのが癖である。ほかに悪口の言いようを知らないのだから仕方がないが、今まで辛抱した人の気も知らないで、むやみにばかちん呼ばわりは失敬だと思う。それも平生、吾輩が彼の膝へ乗る時に少しはよい顔でもするならこの漫罵(まんば=ののしり)も甘んじて受けるが、こっちの便利になる事は何ひとつ快(こころよ)くしてくれた事もないのに、顔に小便を引っ掛けたのをばかちんとはひどい。
 元来大人というものは、自己の力量に慢じてみんな増長している。少し大人より強いものが出て来て窘(たしな)めてやらなくては、この先どこまで増長するか分らない。

 つづく

 
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20:10  |  どうわ  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【アメリカ映画】 2017.04.08 (Sat)

真のアメリカの悲劇~『陽のあたる場所(1951米)』

『陽のあたる場所』

 親戚の大工場に仕事を得た貧しい青年。勤勉さを認められ昇進し、名家の令嬢との縁談も進むが、それまでの恋人が邪魔になってくる。恋人は妊娠していた――

 貧しい境遇から脱しようともがく青年の悲劇を描いた 1951年のアメリカ映画 『陽のあたる場所』。 監督ジョージ・スティーヴンス、主演モンゴメリー・クリフト、エリザベス・テイラー、シェリー・ウィンタース


 原作はセオドア・ドライサーの小説 『アメリカの悲劇』。暗い闇を抱えたネガティブな主人公像は、心身に傷ついた第二次大戦直後あたりから描かれはじめてきた('45年アカデミー作品賞『失われた週末』他)が、これはその最初の成果となった。
 何といってもブロードウェイの舞台劇出身、モンゴメリー・クリフトの名演によるところが大きい。声に出さずとも目の動きだけで苦悩やスリルが語れる緊張感は、今なお観ていて肩に力が入るほど。

 戦後の独占禁止法によりメジャー・スタジオ主導およびスター・システムが崩壊し、舞台劇の人材が続々ハリウッド映画に進出してきた時代の代表格。 役柄を研究しそれになりきる舞台流の 「メソッド演技法」 は、俳優のスター性に頼っていた従来のハリウッド映画に リアルで等身大の社会派ドラマをもたらした。
 (一方で演技へのストイックな没入は、少なからず彼の精神状態に負担をかけてしまったのは皮肉だった。クリフトは45歳の若さで没。)
 目の焦点はどこに合っているのだろう? 透明感のある彼の美しい目は、不透明の時代に生気を失いあてなくさまようようだ。


 そしてもうひとり特筆すべきは、脚本のマイケル・ウィルソン。本作でアカデミー脚色賞を受賞し、このあと 『戦場にかける橋』 『アラビアのロレンス』 『猿の惑星』 などそうそうたる名作を手がけながらも、共産主義を弾圧する 「赤狩り」 の犠牲となって公式から名前を外され、長く不遇の時代を強いられた。
 大戦中、共産主義はファシズムを共通敵とするアメリカの同盟者であり、多感な若者にとっては一種のトレンドであったにも関わらず、その戦中の態度が問われたのだから、国ぐるみの狂乱の嵐たまったものではない。

 彼はほかの 「ブラックリスト」 映画人同様、 魔女狩りの目がゆるいイギリス映画やインディペンダント系などで、名前を隠して糊口をしのいだ。
 いや、ぎりぎりでオスカーを受け取ることができた彼はまだ幸運なほうかもしれない。主人公の母役の女優アン・リヴィア('44年『緑園の天使』でアカデミー助演女優賞)は、ブラックリストに載ったとして出番を大幅に削られ、映画生命を絶たれてしまった。国家権力による理不尽で残酷な仕打ちの最たる例だ。


 『陽のあたる場所』 と同じ1951年にはエリア・カザン監督、マーロン・ブランド主演の 『欲望という名の電車』 も公開。ブロードウェイからの血を加えたこの2作はハリウッド映画史でもひとつの転換点となり、「動」のブランドと「静」のクリフトは新時代の寵児として大いにもてはやされた。 ともにアカデミー賞の最有力候補だったが、赤狩りを恐れたハリウッドは当たりさわりのないミュージカル劇 『巴里のアメリカ人』 を作品賞に選ぶ。

 「Then... in your heart was murder, George (君は心の中で殺人を犯した)」 

 本作で一番心に響いたセリフ。
 後年、赤狩りの犠牲者たちは相次いで名誉回復がなされる。脚本のウィルソンの名前も改めて公にされ、『戦場にかける橋』 に対しては2つめのアカデミー脚色賞が追贈された。
 国家による裏切りや密告が奨励された 「赤狩り(マッカーシズム)」 が激しかったのは1950年代前半の数年間であったが、その癒しには続く'60年代をまるまる要し、完全なつぐないを果たすには'80年代に入るまでかかってしまった。ウィルソンの 『戦場…』 へのオスカー追贈も、彼が亡くなった6年後の1984年のことだ。

 国や権力による暴走は、それだけ罪深い傷跡を残す。日本こそ繰り返してはならない。
 
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15:00  |  アメリカ映画  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑