【ヒッチコック全作品】 2013.02.25 (Mon)
『リング (1927英)』

≪感想≫
こんなに昔の恋愛劇なのに、意外とハラハラ引き込まれた。 優しいけど少し頼りない、でもがんばる主人公を、K・ブリッソンが見た目のイメージどおりの好演。(翌'28年の『マンクスマン』でも恋人を奪われる役。)
三者三様の揺れ動く心理を、あますところなく映像で表現しようとする若きヒッチの心意気が伝わってくる。表情のカットの丁寧なつなぎ方や独創的な映像処理など、基本の上手さと大胆な実験精神の両方を見せてくれて、荒削りながら刺激的だった。
一方でメンデルスゾーンの『イタリア交響曲』など、ソフト化の際の選曲が適当すぎて興ざめ。
A・ヒッチコック監督第6作 『リング (1927英)』
出演/カール・ブリッソン (ジャック・サンダー)
リリアン・ホール=デイヴィス (ネリー)
イアン・ハンター (ボブ・コルビー)
≪あらすじ≫
見世物小屋ボクサーのジャックは、チャンピオンのボブにその腕を見込まれ、練習相手として雇われることに。おかげで恋人ネリーとの結婚にこぎつけるのだが、ネリーは力強いボブに急速に魅かれていく。ジャックは新妻の愛を取り戻すため、チャンプに挑戦状を叩きつけるのだった。
≪解説≫
ボクシングのリングと結婚リングを引っかけて、男女の三角関係を描いたロマンスもの。ヒッチが初めて自作の脚本を監督し、「『下宿人』に次ぐ真のヒッチコック映画」 (本人談) と納得のいく出来になった。サイレント作品。
カトリックのヒッチにとって、新妻の心変わりは「女の原罪」ということか。彼女の腕輪の形から、ヘビに誘惑された旧約聖書のイヴになぞらえているという解釈がされている。
≪裏話≫
主役のブリッソンは実際にボクシング経験者。「リアルな試合シーンを」 というヒッチの意向もあって、最後の大逆転劇は半ば演技を超えた真剣勝負。やられる側のチャンプ役ハンター(もちろん素人)は、食後すぐの撮影もあって散々だったという。
≪この頃・・・≫
ヒッチは育ての親マイケル・バルコンのゲインズボロー社を離れ、新興会社BIPに移籍。しかし管理的な社の方針と肌が合わず、イギリス映画史上初の長編トーキー映画 『恐喝<ゆすり>('29)』 のような話題作もあったが、他に特筆すべき作品は残せなかった。(この移籍第1作『リング』は、まだ創業まもなかったため自由に作らせてもらえたとか。)
浮き沈みを繰り返すヒッチが不動の名声を確立したのは、再びバルコンに拾われた 『暗殺者の家('34)』 から。
≪ヒッチはここだ!≫
?
『THE RING』
監督・脚本/アルフレッド・ヒッチコック
撮影/ジョン・J・コックス
製作/ジョン・マックスウェル (BIP社長)
ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャー社 89分
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【ヒッチコック全作品】 2013.02.22 (Fri)
『農夫の妻 (1927英)』

≪感想≫
何が面白いのか、今となっては分からない。女性にフラれては当たり散らすだけの つまらぬオッサンを笑えばよいのか、四苦八苦の末のハッピーエンドに喝采すればよいのか・・・。
A・ヒッチコック監督第7作 『農夫の妻 (1927英)』
出演/ジェイムソン・トーマス (サミュエル)
リリアン・ホール=デイヴィス (女中ミンタ)
ゴードン・ハーカー (従僕アッシュ)
≪あらすじ≫
男やもめの農場主サムは、ひとり娘の結婚を機に再婚を決意する。女中ミンタのアドバイスを受けて花嫁探しをするも、現実は厳しい。
≪解説≫
イギリスの片田舎を舞台にした旧時代の牧歌的な物語。例によってヒットした舞台劇の映画化企画で、原作のフィルポッツは推理小説の古典 『赤毛のレドメイン家』 で有名。(本作はサスペンスではない。)
キャメラマンが急病で倒れたため、ヒッチ自身がカメラを回したそうだ。探せばヒッチらしい冴えが見つかるだろうか。
当時のロンドンでは約4年間もの大ロングラン上映を果たした。 サイレント作品。
≪ヒッチはここだ!≫
?
『THE FARMER'S WIFE』
監督・脚本/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/エリオット・スタナード
原作/イーデン・フィルポッツ
撮影/ジョン・J・コックス (急病のため、実際はヒッチ自身が撮影。・・・一部?全部?)
製作/ジョン・マックスウェル
ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズ社 98分
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- 『リング (1927英)』
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- 『シャンパーニュ (1928英)』
【この本!】 2013.02.18 (Mon)
リチャード3世の骨

「馬をくれ、かわりに国をくれてやる」
『リチャード3世』 といえば、シェイクスピアの戯曲としてつとに有名。
生まれながらの醜い容姿。疑い深く悪だくみに長け、王位に就くためなら肉親だろうが余計な邪魔者を殺しまくった極悪人。シェイクスピア作品、いや西洋文学史に冠たる 「悪」 の代名詞こそ、このリチャード3世です。
「・・・俺は俺。
ここに人殺しはいるか? いやいる、この俺だ」
しかし、おのれの醜さを知り、おのれの野心を笑う彼の“ひとり実況・解説”は、実にかろやかな人間的魅力にあふれています。
ツギハギの甘い言葉と慈悲のため息をその身にまとえば、「俺は聖者に見えるだろう、悪魔を演じているその時に--」。
言葉の裏表をあやつる巧みな弁舌と、ハンディキャップをものともしない不断の行動力をもってすれば、またたく間にライバルの首は飛び、忠臣は使い捨てられ、女たちは呪われた運命と しとねを共にするほかありません。
実在のリチャード3世(1452-85)は、シェイクスピアからほぼ1世紀前の人。シェイクスピアが生きたチューダー朝は、ヨーク朝のリチャードを滅ぼして始まったので、リチャードを実際以上に悪者に仕立てあげたのだろうとは容易に想像できます。
だけど、であったとしても、シェイクスピアの圧倒的な筆さばきによって、「悪のスーパースター」 という稀有な魅力を吹きこまれたリチャードは、古今あまたの人々を魅きつけてきました。
ぼくもそのひとり。 理想の上司・・・は遠慮しておきますが、「あこがれの、尊敬するカリスマ悪役No.1」 です。
このたび、顔の復元によって 「実はいい人っぽいじゃん」 という声が聞かれますが、いちファンとしては、いまさら優しくイケメンな草食リチャード様なんか見たくもない。
一世一代の名ゼリフ 「馬をくれ、かわりに国をくれてやる」・・・、結局は悪の限りを尽くして周囲に見限られ、最期はぶざまな三日天下に終わってこそ、われらがリチャード3世なんです。
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【★特別企画★】 2013.02.11 (Mon)
ドラえもん×ドニゼッティ 『愛のみょうやく』

ドラえもん 『のび太と愛のみょうやく』
(ドニゼッティの歌劇 『愛の妙薬』 より)
しずちゃんを振り向かせたいのび太は、ドラえもんに 「ほれ薬」 を求める。
そんなやり方はひきょうだとたしなめながらも、ドラえもんは 「イゾルデじるしのほれぐすり」を出す。これを飲むと、あらゆる異性がその人を好きになってしまうという。
のび太、そんな説明も話半分に、薬ビンを奪い取って一気飲みしたかと思うと、喜び勇んで外に飛び出す。・・・が、道行く女性は何事もなく通り過ぎていく。そう、薬の効果が現れるのは1時間後なのだ。 「いまこのときをのがしてなにが愛だ!青春だ!」 と憤るのび太に、「それくらいの気あいがあるなら・・・」 とあきれるドラえもん。
「ちぇ、つまらない」 と外出するのび太。 ひとり部屋に戻るドラえもん、飲み捨てたビンを見る。ラベルには 「トリスタンじるしの死のくすり」! ドラえもんは間違えて毒薬を出してしまったのだ。ほれ薬同様、効果が現れるのは1時間後。早く解毒剤を飲まさなければ・・・。
一方ののび太、またもジャイアンにいじめられる。
のび太、急ぎ駆けつけたドラえもんに 「けんかにまけないくすりを出してくれ!」 と泣きつく。一にも二にも解毒剤を飲ませたいドラは、「いいともいいとも」 と解毒剤を渡す。薬ビンを手にすっ飛んでいくのび太。あまりの勢いに、ドラ 「かならずのむんだぞ!」 と声を掛けるのが精一杯。
のび太、再びジャイアンの前に立つ。傍らにはしずかや女の子たち。ジャイ 「なんだ、またやるのか?」。スネ「どうせドラえもんにどうぐを出してもらったんだろ?」
のび太 「ほえづらかくなよ」 とビンのふたを開けるが、しずかと目が合う。・・・男ならだれの力も借りずにたたかわなければ・・・。
のび太、薬ビンを投げ捨てる。飛び散るガラスと薬液。ジャイアン、指を鳴らしながら 「いいどきょうだ」。
のび太とジャイアンの格闘――。
しかし、名作 『さよならドラえもん』 ほど現実は甘くはない。のび太、あっという間にズタボロに。生ワカメのようにヘナヘナになったところをつかまれ、とどめの一撃を浴びようとする。ジャイアン 「フフフ、かくごしろ」。
その時、しずかが割って入る。「やめてー!!」。 涙をためたしずかの懇願に、退散するほかないジャイアンとスネ夫。「ふん、命びろいしたな」。
意識もうろうののび太、「ぼくは・・・ジャイアンに・・・勝ったの・・・?」。 しずか 「えぇ、りっぱだったわ」。 のび太の勇気に、しずかや女の子たちはすっかりハートマーク。のび太、女の子たちに囲まれて照れくさそう。
そこへ駆けつけるドラえもん。
夕日の中、帰路につくふたり。ジャイアンにも勝って、しずちゃんもメロメロで良かったねえ、とめでたしムード。のび太、ひみつ道具に頼らず自分の力でやり遂げた達成感にひたる。
ドラ、悪い予感。「じゃあ、ぼくがあげたくすりは・・・?」
「エェ!? のまなかったの!?」
おわり
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【京都・奈良&和ふう】 2013.02.07 (Thu)
菊五郎劇団・初春歌舞伎公演

テレビで歌舞伎の新春公演を中継していました。
おもしろいから大好きな尾上菊五郎劇団。
年末年始の忙しさに追われて、今年は生で観られなかったのが残念。
出し物は、河竹黙阿弥のレア作をアレンジした 『夢市男達競』 というもの。
猫の精とネズミの精、源頼朝と木曽義仲、実在した名横綱の対決などなど、ひとり2役3役、いろんなお話が入り混じっていて・・・
・・・肝心の内容はというと正直よく分からなかった。 初心者だからなおさら。
それでも毎年、サービス精神たっぷりの小ネタを放りこんでくるのが菊五郎さんの新春公演。
今年は、刀でハラリハラリと斬られた亀蔵さんが、最後はスギちゃんの衣装になって、「ワイルドだろ~?」。
ネコの菊之助さんがネズミ相手に立ち回る場面には、三味線でミッキーマウスのマーチ! フラフープも使ってアクロバティックに。
相変わらずあでやかで美しい菊之助さんと、猛々しい松緑さんの若きエース対決はさすがの求心力。なんだかんだで、やっぱりおもしろかったです。
番組後半は、猿之助を襲名した亀治郎さんの 「さよなら公演」 を中継。
別の襲名披露公演には行けました。 これだけの器用な才人、先代の路線に傾いていくのでしょうか。何だかもったいない思いのほうが強いです。
・・・最後に、先ほど市川団十郎さんが急逝されました。とにかく驚いた。勘三郎さんに続いて、またひとつ大きな支柱を失った。どうなるんだろう、これから??
【ヒッチコック全作品】 2013.02.04 (Mon)
『シャンパーニュ (1928英)』

≪感想≫
笑いのテンポがのんびりしていてサイレントで観ると冗長なので、弁士が面白おかしく補足してくれたらもっと楽しめるかも。 映像演出はフットワークが軽く生き生きしているだけに、そういうバージョンがあればぜひ見直したい。
船上、千鳥足の酔っ払いが、船が揺れだすとまっすぐ歩けるというギャグがチャップリンみたいだった。本家チャップリンでこういうシーンなかったけかな?
A・ヒッチコック監督第8作 『シャンパーニュ (1928英)』 (別題 『シャンペン』)
出演/ベティ・バルフォア (ベティ)
ゴードン・ハーカー (ベティの父)
ジャン・ブラティン (ベティの恋人)
テオ・フォン・アルテン (謎の紳士)
≪あらすじ≫
恋人との結婚を父に反対された富豪令嬢ベティは、恋人を追ってフランスに駆け落ちする。父は破産を装って娘と恋人の仲を裂こうとするが、一念発起したベティはパリのキャバレーで働き始める。
≪解説≫
世間知らずのお嬢様が人生経験を積んで成長する、という教訓めいたライト・コメディ。サイレント作品。
会社からあてがわれた題材ではあったが、多彩なカメラワークで“ヒッチコック・タッチ”の片鱗を随所に見せており、後年の作品群の参考として見ると興味深い。
本作完成後の同'28年7月7日、ひとり娘のパトリシアが誕生。(のちに父の作品 『舞台恐怖症('50米)』 『見知らぬ乗客('51)』 『サイコ ('60)』 などに出演。)
≪ヒッチはここだ!≫
?
『CHAMPAGNE』
監督・構成/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/エリオット・スタナード
原案/ウォルター・C・マイクロフト (製作マックスウェルの腹心)
撮影/ジョン・J・コックス
製作/ジョン・マックスウェル (BIP社長)
ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャー社 107分
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