【クラシック音楽】 2006.12.29 (Fri)

フルトヴェングラーの『第九』

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1951年、ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、バイロイト祝祭劇場管弦楽団
ベートーヴェン 『交響曲第9番《合唱》』



ぼくは、「最高傑作」とか「感動の名作」という触れこみには簡単に乗っからないと自負しているのですが、

この「歴史的名演」「不朽の名盤」にだけは腰を抜かしました。


1951年、ドイツを代表する国民的行事“バイロイト音楽祭”が復活、その初日を飾った記念すべき演奏。

廃墟の中から戦後復興を果たした、ドイツ版「もはや戦後ではない」宣言。

だから意気込みが並大抵ではない。


フルトヴェングラーの指揮は、棒の先が小刻みにブレて分かりづらいことで知られている。

彼にとって、チマチマしたアンサンブルなど どうでもいいのだ。とにかく燃えて燃えて、燃え尽きるまで。

そんな炎の皇帝は、合唱団に肺の酸素がなくなるまで声を出すことを要求。

いっさいの余力を許さない。だから最後のほうになると、オケもバテてヘロヘロ、まともな音が出ていない。

とにかく満ちあふれる人間の熱気とエネルギー。これを「完全燃焼」と言わずして、何を「完全燃焼」と言う!?


そしてムチャクチャに沸騰したテンションの中、唐突に、バッサリと最後の一音を閉じる。

初めて聴いたぼくは圧倒されて茫然自失、しばらく動けませんでした。



・・・そもそも、一音楽作品というより、人類共通の魂の宣言というべき 『第九』は、毎日聴くような曲じゃない。

年末に一度でも、多すぎるかも。

(ただ、「年末に『第九』」という日本独特の風習を、苦々しく思う人も多いが、ぼくは目くじらを立てるほどでもないと思う。それで楽しめるならそれでいい。)

こういう時代の節目節目に、すばらしい演奏と出会えればいいと思っています。


特にこのフルトヴェングラー版は、一期一会の感動を大切にしたいので、これまで3回くらいしか聴いていません。

一度聴いたらCDを割って捨てるくらいの覚悟があっていい。


「はじめての『第九』」として聴くにはヘビーすぎるのですが、ちょっと誰かに盛ってみたくなる、

猛毒の誘惑にかられています。

それくらい、「歴史的名演」「不朽の名盤」の評価はダテじゃない、とうならされました。

 
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【ニュース&カルチャー】 2006.12.28 (Thu)

青島幸男さん追悼(追従)作品

 
 『ハイ それまでョ・PKO編(1991)』

自衛隊が、ペルシャ湾への初の海外派兵を行った'91年につくった替え歌です。

原曲はもちろん、故青島幸男さんの詞によるクレイジー・キャッツの名曲 『ハイ それまでョ』

ノートの隅か何かに書いたものを、今でも覚えていました。

「あなただけが貢献しないの
 お願い、お願い、ヒト出して」

 テナコト言われてソノ気になって
 派遣したのが大間違い
 政治・外交まるでダメ
 支出額だけ三人前
 ひとこと小言を言ったらば
 プイと制裁
 ハイ、それまでョ

 フザケヤガッテ、フザケヤガッテ、フザケヤガッテ
 コノヤロー!

 泣けてくる~

今ではもう、もろもろの時代背景は伝わらないでしょうね。
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【ニュース&カルチャー】 2006.12.26 (Tue)

さらば、青島幸男さん

ぼくには、いろんな意味で衝撃を受けた歌詞が、4つあります。


強く揺るぎない愛のかたちに圧倒された、エディット・ピアフの『愛の讃歌』、

言葉を超えた言葉で世界平和を訴えた、ルイ・アームストロングの『この素晴らしき世界』、

歌謡界の巨星のキャリア集大成を、秋元康さんが見事に表現した美空ひばりの『川の流れのように』…。


そして、世紀の天才 青島幸男 がブァーッと書いた、クレイジー・キャッツ『だまって俺について来い』!!

天下の名曲 『スーダラ節』 や 『ハイ それまでョ』 以上に、青島&クレイジーといえば この歌が一番好きなのです。


「ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい!
 俺もないけど心配すんな
のっけから ぶちかまされます。こんなこと、一度でいいから言ってみたい。

「みろよ 青い空、白い雲~
いきなり曲調が変わって、高らかに歌い上げたかと思うと・・・

「そのうちなんとか、な~るだろ~ぉ!(ヒャッヒャッヒャ!)
シメはいつもの植木節。

すごい人生観。あぁ、ぼくは、なんて小さい人間だったんだ!

ぼくが独立国家を建設したら、まちがいなく国歌に制定します。


「わかっとるね? わかっとる わかっとる、
 わかったら だまって俺について来い!

カッチョイイー!


東京都知事にさえならなければ、あなたは生ける伝説のままだったろうに・・・。

青島さん、天国でもみんなを楽しませてあげてください。こちらは時代の灯が、さびしそうに消えました。
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【全世界音楽】 2006.12.23 (Sat)

ジョンのハッピー・クリスマス


ぼくはずっと、クリスマスが好きじゃありませんでした。

何が楽しいのだろ、クリスマスって何だろ、って、いつも考えていました。


そんなある年のクリスマス、TVからジョン・レノン『Happy Christmas (War is Over)』が流れてきました。
「今夜はクリスマス、みんなで楽しもう
 でも世界は、まだ間違っている
 弱者も強者も、富める者にも貧しき者にも、黒人にも白人にも黄にも赤にもメリー・クリスマス!
 とにかく争いはやめにしよう

 戦争は終わる、きみが望めば

・・・そこで、ハタと気付いたわけです。

ぼくにとってクリスマスは意味がない。だから、それを求める誰かのためにクリスマスを祝おうと。

以来ぼくは、ほんの小さなことですが、募金をしたり献血をしたり、道端のゴミを拾ってみたりと、

誰かのために時間を使うことにしました。


サンタさんを気取って、枕元にささやかなプレゼントを置くことで喜んでもらえるなら、それも結構。


みなさんは、一年最後の祝祭を存分に楽しんでください。

でも、その次の日にでも、心の余熱を誰かに分けてあげられたら、ぼくもこの記事を書いた甲斐があるというものです。

それでは、よいクリスマスを!
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【この本!】 2006.12.22 (Fri)

ゲーテと『ロード・オブ・ザ・リング』

 
 人には一番好きな物語、座右の書、人生を変えた本・・・いろいろあるでしょうが、ぼくにとっての一冊は、ゲーテ畢生の大作『ファウスト』です。
 全宇宙の知識への飽くなき欲求にかられた学者ファウストが、悪魔メフィストフェレスと手を結び、世界と歴史を股にかけ旅する壮大な物語。 その名前は、例えば手塚治虫やカラヤンのように、知識や世界すべてを極めつくしたい性質の人の代名詞として用いられています。

 うち第一部は、若く生まれ変わったファウストと、少女マルガレーテ(愛称グレートヘン)との恋を描いていて、後世の芸術家に計り知れぬインスパイア<触発>をもたらしました。 かたや後半の第二部は、壮年期のファウストが富と名声と家庭を手にし、波乱の生涯を終えるまでのさらなる大冒険。
 しかし少なからぬ読者が、第二部で挫折します。
 物語が深く複雑になるにつれ、ゲーテの文体が凝りに凝っていくせいもありますが、この第二部、個々のエピソードは面白いはずなのに、どうも大人になったファウストに感情移入しにくいのです。


 そのへんの くすぶり をうまく解消してあるのが、J・R・R・トールキン『指輪物語~ロード・オブ・ザ・リング』。 ここでは少年フロドと勇者アラゴルン、年齢の違うふたりの冒険を並行させ、物語が展開します。
 一方の主役、フロド少年の仲間は身内のみ。冒険の世界も小さい。誘惑とたたかい、もがき苦しみ悩む旅。その意味するものは、思春期に誰しも経験する“自分探しの旅”にほかなりません。
 もう一方、すでに大人になったアラゴルンは、もはや自分に悩みません。社会や組織をまとめ、いかに能力を発揮するか。仲間を説き伏せたり援軍を請うたりと、大きな世界を奔走します。
 世の少年少女が両者を比べたとき、自己の内面を見つめ、たたかう少年フロドのほうに感情移入しやすいのは明らか。 ゲーテの『ファウスト』もそう。ゲーテ自身が成熟し、巧緻に作りこまれた第二部のファウストより、若く破天荒な第一部のファウストのほうが、ずっと魅力的に映るのです。

 で、以下『ロード・オブ・ザ・リング』のラスト(映画版の)に関するネタバレなのですが・・・ラスト、フロド少年は、魔法使いガンダルフと共に船で旅に出ます。それが“死”の比喩であることは、いうまでもありません。
 ただ、これは決して悲劇ではない。“自分探しの旅”を終えた少年が、大人へと脱皮する通過儀礼というべき。巻末、少年の肉体は滅んでも、勇気と誇りを獲得したその精神は、巻頭の勇者アラゴルンとして蘇ることでしょう。
 『ファウスト』の構造を借りれば、物語の本質において、フロドとアラゴルンはふたりでひとつの存在といってもいいのです。

 この『指輪物語~ロード・オブ・ザ・リング』、発展途上の“小世界”と、成熟した“大世界”を同時に展開させる話法が、長大な物語を飽きさせずに読ませる秘訣。さらにぼくは、このふたりの主人公が、ひとつの輪のように永遠につながりながら、なおかつ交差しているという、巧みな仕掛けを読み取ります。
 正直なところ、ぼくは映画も小説も熱心に観たわけではないのですが、そのへんは大いに感心させられました。

 ついでに言うと、日本のマンガの -‐‐まだ原石・発展途上の少年少女主人公と、それに対抗・かつ広い世界へ先んじる天才的で大人びた 「宿命のライバル」 --- という定番の構図も、まったく同じことです。
 
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【アメリカ映画】 2006.12.18 (Mon)

『ギャラクシー・クエスト』!

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『ギャラクシー・クエスト (1999米)』

字幕で笑えるコメディ映画ってそうそうないが、笑った笑った。

公開当時、テレビで関根&小堺さんを筆頭に、お笑いの人たちがしきりに褒めていたのだが、

その期待以上の面白さ。

ぼくにとって 『少林サッカー』 と並ぶ、評価のレベルを突き抜けた120点の映画です。


 往年のSFテレビドラマ『ギャラクシー・クエスト』の出演者たちが、宇宙人からホンモノのヒーローと勘違いされ、ホンモノの宇宙戦争に巻き込まれていく・・・



というSFアドベンチャー・コメディ。

熱心なマニアが多いTVドラマ 『スタートレック』 の裏表を、小ネタに至るまで徹底的に茶化しています。


やる気も才能もまるでなし、いいかげんな俳優たちと、

彼らを信じて疑わず、劇中の宇宙戦艦を実際に造ってしまった純朴な宇宙人・・・

憧れのヒーロー世界はとことん究めつくすくせに、ニヤニヤと煮え切らない態度は“オタク”そのもの。

『電車男』 に先駆けての、そんなアメリカ版オタクたちの涙ぐましい奮闘が哀しくもおかしい!


監督はディーン・パリソット

主演はティム・アレン、シガニー・ウィーバー(いくつか知らないが若い!)、

アラン・リックマン、サム・ロックウェル (この 『ハリー・ポッター』 と 『グリーンマイル』 の両悪役が最高!)。


立派なのは、まったくおバカでチープな話なのに、その場のノリに頼らずきっちりしっかり作り上げる、

ハリウッドの良き伝統が貫かれていること。 これぞB級の美学なり!


つくったのはまだ創業5年目、新興の意欲に富んでいた頃のドリームワークス社。

アカデミー賞を3連覇してすっかり丸くなり、9.11テロで守りに入ってしまう前のドリームワークス社。

それでもミラマックス社よりましなドリ・・・


日本では扱いが小さかったようだが、マニア向けと思われたのだろうか (パッケージもダサい)。

しかしこんなに楽しくて、勧善懲悪のカタルシス感に満ちたエンターテインメントが埋もれているなんて!


吹き替え版は少しイメージが違っていたけど、TVの洋画劇場でぜひ放送してほしい。

この年末年始、なんかの大型企画がツブれて、「予定を変更して…」 の枠でもいい。

ネバー・ギブアップ、ネバー・サレンダー! めざせゴールデン・タイム!

 
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【★特別企画★】 2006.12.15 (Fri)

10人の首脳~Ten Little Summit Boys

マザーグースより 『10人のインディアン・・・そして誰もいなくなった』 2006.12.バージョン。
10人の首脳が日本でサミットを開いた。
北朝鮮主席が日本の参加に反対して、9人になった。

9人の首脳がSPに警護された。
イギリス首相は自分が捕まって、8人になった。

8人の首脳が渋滞に巻きこまれた。
フランス大統領が右に曲がって、7人になった。

7人の首脳が自民党を訪問した。
イラク大統領が内輪もめで、6人になった。

6人の首脳が晩餐会を催した。
ロシア大統領は毒を盛られて、5人になった。

5人の首脳が将棋を差した。
イラン大統領が“カク”を隠して、4人になった。

4人の首脳が相撲を観戦した。
韓国大統領が“死に体”になって、3人になった。

3人の首脳が地方を視察した。
中国主席がワイロですられて、2人になった。

2人の首脳が首脳会議を開いた。
アメリカ大統領が友達をなくして、1人になった。

1人の首脳があとに残された。
日本の首相はアメリカなしでは何もできず、そして誰もいなくなった。
時代ごとに作り直して遊んでいますが、10人目のオチはいつも同じです。
 
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【クラシック音楽】 2006.12.10 (Sun)

とすかにーにカンタービレ

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久々に痛快きわまりない名演に出会った!

トスカニーニ&NBC響による、メンデルスゾーン 『交響曲第4番《イタリア》』

ぼくは、音楽の授業で無理やり聴かされるような曲が大キライなので、この曲とはずっと疎遠なままでした。

CD店でこの巨匠との取り合わせに興味をひかれなければ、求めて聴こうとはしなかったでしょう。



そのアルトゥール・トスカニーニ(伊1867~1957)といえば、鋼鉄のように厳格かつ研ぎ澄まされた演奏で、

録音の世紀に偉大なる足跡を残した20世紀最大のカリスマ指揮者。

彼のタクトから放たれる音は、まるで剣豪の必殺剣のような生々しい迫力。

ただし緻密なアンサンブルと客観性を極めた解釈は、冷たく機械的に聴こえるため、好みは分かれるだろう。



しかしこの『イタリア』を聴くと、彼のもうひとつの顔である“カンタービレ”の人であったことを再認識させてくれます。

自身のために設立された'''NBC交響楽団'''を、徹底的にしごきあげた彼の口癖は、「カンタービレ!(歌え!)」。



第1楽章は、腹の底からみなぎる息づかい。まるで春を告げる兵の凱歌。

この演奏をまねて自分で歌ってみると、とても気持ちいいことに気づくはずです。

一方、第2楽章のもの悲しい民謡風と、第3楽章の優しいメヌエット風は、どちらも素朴な歌うたい。

大都会N.Y.のカーネギー・ホールに、民族的で牧歌的な風景が広がります。

そして最終第4楽章、雷鳴のごとき疾走感は、まさにトスカニーニの真骨頂!



録音は1954年。モノラル。音質に多くは期待すまい。(それも含めて入門編にはお勧めしません)

むしろ、トスカニーニにとって引退の2ヶ月前、86歳での指揮だったことに驚きを禁じえません。

もっと若い頃は、どれだけスゴかったのか。

これほどのバイタリティを目の当たりにすると、この青二才も負けていられなくなりました。

 
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【この本!】 2006.12.08 (Fri)

I LOVE 李白

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 李白と杜甫・・・いわずと知れた中国四千年、漢詩の頂点に立つ両巨星。
 多感な年のころは、だんぜん杜甫びいき。「国破れて山河あり」で有名な、人生と社会を重厚にうたう“詩聖”。
 一方の“詩仙”李白はといえば、自由奔放に飛び回りすぎて、どこかつかみ所がないのが正直なところだった。
 でも今はなぜか、豪放で快活な李白に魅かれる。

  「白髪が9千メートル」
  「飲むからには300杯飲め」


 その作風は、まさに口先スペクタクル、歩く三峡ダム。一瞬にして、目の前に巨峰と雲海が沸き立つような、大迫力のイマジネーション。


天の門を割って長江は開き (『望天門山』より)

三千尺の滝は、天頂から銀河が落ちてきたよう (『望廬山瀑布』)

三朝三暮ののろまな船旅は、髪を絹の白髪にしてしまった (『上三峡』)

いっそ、雲がかったあの松の上にでも隠居しようか (『望廬山五老峰』)…




 ところが先日、漢詩の本をめくっていたら、それとは違う味わいの詩を見つけた。
 タイトルは 「山中で世捨て人と酒を酌み交わす」 というもの。即興的なリズムが楽しそう。(実際、大半の詩作は即興で、親友が熱心についてまわって書き留めていたのだとか。)
 作りこまれた大スケールの詩ではないが、この気ままな飲みっぷりも、“酒の詩人”として知られた李白らしい。

  『山中与幽人対酌』

  両人対酌 山花開
  一杯一杯 復一杯
   我酔欲眠 卿且去
   明朝有意 抱琴来

  「ふたりで酒を酌み交わせば、山は花開く
   一杯、一杯、また一杯
   わしは酔って眠たくなった。君もひとまず帰りたまえ
  明朝、その気になれば、また琴を抱えて来たらいい」



 先生がそうおっしゃるなら、何とでもいたしましょう。しかしこの夜は、たまたまいい気分だったのだろう。先生のこと、こんなの飲んだうちには入るまい。
 いちど洞庭湖を盃に、峨眉山の月をつまみながら、心ゆくまで酌み交わしてみたいものだ。

 
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【この本!】 2006.12.07 (Thu)

李白 『将進酒』

 
  李白に心酔するぼくですが、中でも 『将進酒』 という、代表作のひとつである長編に感動。
  イヤなことは忘れて飲もう! と、友人に“酒をすすめる歌”。超!意訳しました。


   君も知ってるだろう?
   天上から来たる黄河の水も、流れ流れて海に捨てられてしまうことを。
   君も知ってるだろう?
   金持ちも貴族も、鏡にうつる老いには勝てないことを。

   だから人間、生まれたからには楽しもうじゃないか!
   美酒を軒下にさらしっぱなしだなんて、もったいない!

   天が自分をこの世に送り出したのも、何かの理由があるからだ。
   金は天下の回りもの、またふところに戻ってくるさ。
   いにしえの偉人がナンボのもんだ!
   酒飲みこそ、歴史に名を残すってものだ。

   さぁ、遠慮するな、わたしの客人。
   君のために一曲うたおう。何にもなかろうが、とにかく酔っぱらえばいいのだ!
   酒代のことは言うな。馬や毛皮を質に出すさ。
   人生の苦しみも悲しみも、飲んで忘れようじゃないか!
 



  乾杯しましょう。気分は 「I ♡ 李白」です。

 
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