【ヒッチコック米時代】 2012.07.07 (Sat)
≪ヒッチコック全作品≫もくじ

英1.もくじ、『快楽の園』~『リング』
2.『農夫の妻』~『殺人!』
3.『いかさま勝負<スキン・ゲーム>』~『間諜最後の日』
4.『サボタージュ』~『厳窟の野獣』、もくじ・・・
米1.もくじ、『レベッカ』~『疑惑の影』
2.『救命艇』~『山羊座のもとに』
3.『舞台恐怖症』~『ハリーの災難』
4.『知りすぎていた男』~『マーニー』
5.『引き裂かれたカーテン』~遺作 『ファミリー・プロット』
『ファミリー・プロット ('76)』 ~遺作
『フレンジー (’71英米)』
『トパーズ (’69)』
50『引き裂かれたカーテン(’66)』
『マーニー (’64)』
『鳥 (’63)』
『サイコ (’60)』 ~円熟期
『北北西に進路を取れ (’59)』
『めまい (’58)』
『間違えられた男 (’57)』
『知りすぎていた男 (’56)』
『ハリーの災難 (’56)』
『泥棒成金 (’55)』
40『裏窓 (’54)』
『ダイヤルMを廻せ!(’54)』
『私は告白する (’52)』
『見知らぬ乗客 (’51)』 ~黄金期
『舞台恐怖症 (’50)』
『山羊座のもとに (’49)』
『ロープ (’48)』
『パラダイン夫人の恋 (’47)』
『汚名 (’46)』
『白い恐怖 (’45)』
(『闇の逃避行(’44英)』 『マダガスカルの冒険(’44英)』 ~戦下の英政府による国策短編)
30『救命艇 (’43)』
『疑惑の影 (’43)』
『逃走迷路 (’42)』
『断崖 (’41)』
『スミス夫妻 (’41)』
『海外特派員 (’40)』
『レベッカ (’40米)』 ~渡米第1作。アカデミー作品賞。
『巌窟の野獣 (’39英)』
『バルカン超特急 (’38)』
『第3逃亡者 (’37)』
20『サボタージュ (’36)』
『間諜最後の日 ('36)』
『三十九夜 ('35)』
『暗殺者の家 ('34)』 ~以後サスペンスに専念。イギリス黄金期。
『ウィーンからのワルツ ('33)』
『第17番 ('32)』
『おかしな成金夫婦<リッチ・アンド・ストレンジ>('32)』
『いかさま勝負<スキン・ゲーム>('31)』
『殺人!('30)』
『ジュノーと孔雀 ('30)』
(『エルストリー・コーリング ('30)』 ~一部だけ監督したお祭り映画)
10『恐喝<ゆすり>(’29)』 ~イギリス初のトーキー映画
『マンクスマン ('28)』
『シャンペン ('28)』
『農夫の妻 ('27)』
『リング ('27)』
『ふしだらな女 ('27)』
『下り坂<ダウンヒル>('27)』
『下宿人(’26)』 ~初のサスペンス
『山鷲 ('26英独)』 ~現存せず
1『快楽の園('25英独)』 ~監督デビュー作
【ヒッチコック米時代】 2012.06.27 (Wed)
『レベッカ (1940米)』

≪感想≫
現代人からすれば、もとが浮世離れしているマンダレーの住人より、終始オドオド・ペコペコしているヒロインのほうに問題を感じてしまう。日本娘ならともかく、アメリカ娘がここまでオドオド・ペコペコはないだろう。(実際、当時新進のフォンテーンは、ヒッチやオリヴィエら母国イギリスの大物に厳しくされて怯えていたのだそうだ。そう望んだヒッチの責任ではあるが、アルマ夫人や脚本J・ハリソンは 「びくびくしすぎ」 と起用に消極的だったという。)
ヒッチ自身、「英米映画の違いは、女性にも受けるよう作らなければならないかどうかだ」 と言及しているが、これでは当時から古臭かったことだろう。 まだ 「イギリス・コンプレックス」 が (辛うじて!) 生きていた時代の、高貴な身分に嫁ぐことが無条件の幸福とされた時代だからこそのおとぎ話だ。21世紀にはもう通じない。
A・ヒッチコック監督第24作 『レベッカ (1940米)』
出演/ローレンス・オリヴィエ (マキシム・ド・ウィンター公)
ジョーン・フォンテーン (公爵夫人)
ジュディス・アンダーソン (ダンヴァース夫人)
ジョージ・サンダース (ファヴェル)
≪あらすじ≫
イギリスの貴族ド・ウィンター公と結婚したアメリカ娘が、謎の死を遂げた公の前妻レベッカの影に脅かされる。何かにつけレベッカの名を口にする家政婦ダンヴァース夫人。レベッカの死の真相をめぐってマンダレーの森に戦慄が走る…!
≪解説≫
ヒッチが記念すべき渡米第1作に選んだ、ロマンティック・ミステリーの名作。端麗なモノクロ映像が織りなす美しくも恐ろしき世界。
足音なくすぅーっと現れるダンヴァース夫人の冷たさ生気のなさ。 名前もなく肩書きだけで呼ばれる自己の否定と喪失感。そして死せるレベッカがすぐそばに生きて(--レベッカ目線のカメラワーク!--)、自分を飲み込んでいくような錯覚・・・。そんな 「まぼろしの存在感」 が怖い。
モンスターや鮮血など視覚で怖がらせることは簡単だが、恐怖の対象を最後まで 「見せない」 ことの怖さを知り、それで実際に物語をもたせてしまうヒッチの確かな手腕。遺品や署名など、亡きレベッカの 「存在感」 が次第に増していく小道具使いも巧い。
ヒッチコック作品を代表する悪役で、陰湿な 「嫁イジメ」 を見せるダンヴァース夫人は、「米映画協会AFIが選ぶ歴代悪役」 の第31位にもランクされている。(ちなみに同2位が 『サイコ』 のノーマン・ベイツ。)
製作のセルズニックは、前年の 『風と共に去りぬ』 の歴史的成功で絶頂を極めた大物プロデューサー。 ヒッチのアメリカ進出を画策した (当時ヒッチ41歳、セルズニック38歳)
アカデミー作品賞、モノクロ撮影賞受賞。(下の追記にセルズニックとオスカー裏話)
≪ヒッチはここだ!≫
終盤、電話ボックスを出たファヴェル氏が警官とからんでいる後ろを通り過ぎる。
・・・とされているが後ろ姿なので確信は持てない。 スチール写真は残っているが、実際の登場場面はカットされたという話もある。
『REBECCA』
監督/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/ロバート・E・シャーウッド (最終的な仕上げ。実際はマイケル・ホーガンが主筆。)
ジョーン・ハリソン (ヒッチの個人ブレイン。ここではヒッチの代理クレジットと思われる。)
原作/ダフネ・デュ=モーリア
撮影/ジョージ・バーンズ (アカデミー白黒撮影賞)
音楽/フランツ・ワックスマン
製作/デヴィッド・O・セルズニック
セルズニック・インターナショナル・ピクチャーズ 130分
【ヒッチコック米時代】 2012.06.16 (Sat)
『海外特派員 (1940米)』

≪感想≫
オランダ風車の怪や洋上の飛行機撃墜など大掛かりな冒険の連続はもちろんですが、ひょうひょうとしたヴァン・メアや先祖が首を切られた「ff」フォリオット記者、カーチェイスのせいで道を渡れない老人など、合間合間のユーモアも乗っていて本当に飽きさせない。
どこまでも明るく軽快・痛快な娯楽作、これが日米開戦前夜のきな臭い時局に作られたとはあらためて驚かされた。 しかも同時に、格調高い 『レベッカ』 も作ってしまうヒッチの懐の深さ。 最高のハリウッド・デビュー。
英ウェストミンスター大聖堂での殺し屋おやじ (おなじみエドマンド・グゥエン) のカメラ目線に思わずドキッ。 『裏窓』 のソーウォール氏、『知りすぎていた男』 の教会のおばちゃんと並ぶ、ヒッチの 「三大カメラ目線」 だ。
A・ヒッチコック監督第25作 『海外特派員 (1940米)』
出演/ジョエル・マックリー (ジョニー・ジョーンズ)
ラレイン・デイ (キャロル・フィッシャー)
ジョージ・サンダース (フォリオット記者)
ハーバート・マーシャル (キャロルの父フィッシャー)
アルバート・バッサーマン (ヴァン・メア)
≪あらすじ≫
第二次大戦前夜。アメリカの新聞記者ジョニーは、海外特派員として緊迫するヨーロッパに飛ぶ。彼は開戦のカギを握る政治家ヴァン・メアを取材するが、メアは公衆の面前で暗殺されてしまう。ヴァン・メアが残した秘密条約をめぐって、ジョニーと悪の組織との対決が繰り広げられる。
≪解説≫
渡米第1作の 『レベッカ』 と並行して作られた娯楽冒険サスペンス (アカデミー作品賞にWノミネート。『レベッカ』 が受賞)。 大がかりなスペクタクル活劇の中、傘の花が乱舞する暗殺シーンが秀逸。
時代は日米開戦前夜、刻々と変化する現実の世界情勢を追うように製作。「戦火のイギリスを見捨てた」 という負い目のあるヒッチにとって、戦意高揚をあおる作品づくりは祖国への罪滅ぼしの意味もあった。(ラストの主人公の演説は、たまたま立ち寄ったジョン・フォード監督 --ヒッチと同じアイルランド系の縁-- が演技指導したのだとか。)
ヒッチたっての依頼で巨大セット群をプロデュースしたのは、ウィリアム・キャメロン=メンジーズという名匠。美術装置部門の地位向上に努めた人で、前'39年の『風と共に去りぬ』でアカデミー美術賞を受けているほか、ヒッチの 『白い恐怖('45)』では有名な悪夢のシーンの演出もしている(失敗作だと思った本人の希望でノンクレジット)。
≪「マクガフィン」について≫
物語のカギは“秘密条約”であるが、最後までこの条約の実体は明らかにされない。ヒッチはこれらカギとなる設定を 「マクガフィン」 と呼んでいるが、本作に限らず余計な意味づけは一切なされていない (後の 『北北西…』 でのマイクロ・フィルムが好例)。
つまり秘密文書の内容が何であろうが、悪の組織がどういう人たちで構成されていようが、どうでもいいことなのだ。むやみに 「マクガフィン」 に意味づけして観客を煩わすより、単純な設定のもとで主人公の波乱万丈の冒険を描くことこそ、ストーリーテラーとしての身上だとしている。
反面、「娯楽映画の職人監督」 として芸術面では長く軽視される原因にもなった。
≪ヒッチはここだ!≫
13分、主人公が振り返った瞬間にすれ違う、新聞を読んでいる男。
『FOREIGN CORRESPONDENT』
監督/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/チャールズ・ベネット、ジョーン・ハリソン
撮影/ルドルフ・マテ
音楽/アルフレッド・ニューマン
美術/アレクサンダー・ゴリツェン、ウィリアム・キャメロン・メンジーズ(総監督)
製作/ウォルター・ウェンジャー
ウェンジャー・プロ=ユナイト 120分
【ヒッチコック米時代】 2012.06.05 (Tue)
『スミス夫妻 (1941米)』

≪感想≫
イギリス時代の夫婦コメディ 『リッチ・アンド・ストレンジ('32)』 からそうでしたが、奇人ヒッチが描くキャラクターは奇抜すぎ。ハイテンションな雰囲気は楽しいが、それぞれの言動が極端すぎて共感できませんでした。
妻のキャラクターは「自分を一番大事にしてほしい」一辺倒で、女心の機微や自立した人格にまで踏み込んでいるわけではない。「女は可愛いけどめんどくさいもの」という、しょせん男の発想、男の願望どまり。そういう古い軽い作品。
A・ヒッチコック監督第26作 『スミス夫妻 (1941米)』
出演/キャロル・ロンバード (アン・スミス)
ロバート・モンゴメリー (デヴィッド・スミス)
ジーン・レイモンド (ジェフ・カスター)
≪あらすじ≫
アンとデイヴィッド、周りもあきれるほどアツアツのスミス夫妻。ところがある日、役所の手違いでその結婚は無効だったと分かる。ふたりは晴れて「二度目の結婚」に至るのだが、もう一度新婚当初のドキドキを味わいたかったアンと、単に事務的な手続きに過ぎないと思っていたデイヴィッド・・・。ふたりの感情はややこしくこじれていく。
≪解説≫
ヒッチにはめずらしい(アメリカでは唯一の)純コメディ作品。俳優クラーク・ゲーブルと新婚ホヤホヤだったC・ロンバードに頼まれるまま、脚本どおりにさっさと撮りあげた・・・とはヒッチ本人の弁だが、実際はかなりノリノリで作っていたとか。
ちなみにデイヴィッド役のモンゴメリーは、あの名作TVドラマ 『奥様は魔女』 サマンサ役で有名なエリザベス・モンゴメリーの父。
≪裏話≫
この頃、感情的な「俳優は家畜だ」発言で物議をかもす。(後に「厳しく接するべき」という意味だと弁明。)
ただでさえ根暗なイギリス人ヒッチには、アメリカ流の気安くくだけた態度が軽薄に映ったのだろう。もっとも当のハリウッド俳優たちは、「人格より才能」を重んじる実力社会ならではの鷹揚さで、ヒッチの演出力と現場運営力に敬意を払い続けた。とはいえ、アカデミー賞など人徳がものをいう舞台では、圧倒的に不利だったことは想像に難くない。
≪ヒッチはここだ!≫
45分ごろ、デヴィッドと友人がにらみ合いながらアン宅を後にするシーンで、アパートメントの前を横切る。
『MR. AND MRS. SMITH』
監督・製作/アルフレッド・ヒッチコック
原案・脚本/ノーマン・クラスナ
撮影/ハリー・ストラドリング
音楽/ロイ・ウェッブ
製作/ハリー・E・エディントン
RKO 95分
【ヒッチコック米時代】 2012.05.26 (Sat)
『断崖 (1941米)』

≪感想≫
男も世間も知らない気弱なお嬢様と、仕事もできずただ散財するだけの遊び人。どっちもどっちのどうしようもないカップルですが、演じた両優がハマリ役なので何とか興味をつなぎとめました。
J・フォンテーンはこういう線の細い役が本当にピッタリ。 アメリカ初期における真の 「ヒッチコック・ヒロイン」 を体現しているのは、I・バーグマンよりむしろ彼女のほうだ (後のヒッチ&バーグマン3部作はそっくり彼女が演ってもいい)。 一方のグラントは軽妙でイヤみがないのが救いですが、 後述の通りあいまいでラストのインパクトに欠けてしまったのが残念。
一長一短のキャスティング。弱いストーリー。
A・ヒッチコック監督第27作 『断崖 (1941米)』
出演/ケイリー・グラント (ジョン・エイガーズ)
ジョーン・フォンテーン (リナ・マクレイドロー)
ナイジェル・ブルース (友人ビーキー・スウェイト)
サー・セドリック・ハードウィック (父マクレイドロー将軍)
≪あらすじ≫
遊び人の名士ジョンに見初められた将軍の令嬢リナ。ジョンの強引さに戸惑いながらも、やがてはその魅力にひかれ、ふたりはめでたく結婚する。しかしジョンの不可解な言動に、彼女は財産目的で殺されるのではないかと疑い始める。
≪解説 (※ラストに言及)≫
暗闇の階段、K・グラントが運ぶミルクの白さが印象的。ヒッチはグラスの中に豆電球を入れ、毒入りミルクを強調したのだという。 しかし当時はスター俳優が殺人犯など演じなかった時代、上層部からの横やりで結末があいまいになってしまった。
(なお、ヒッチ当初の構想によると――妻は毒入りミルクを飲む前に、母あての手紙を投函するよう夫に託す。自分は間もなく殺されるだろうという、夫の恐るべき正体を暴いた手紙だ。そして妻は毒入りミルクを飲んで死ぬ。夫はのんきに口笛を吹きながら、破滅への手紙をポストに投函して終幕――、というものだったそうだ。)
≪裏話≫
J・フォンテーンがアカデミー主演女優賞を受賞。
B・デイヴィス、 G・ガースン、 B・スタンウィック・・・、並みいる大女優を制してのオスカーは、前年の 『レベッカ』 と 「合わせて一本」 という、製作者セルズニックの宣伝工作がうまく働いた。
この新進女優の受賞を一番悔しがったのが、同時ノミネートされていた彼女の実姉オリヴィア・デ・ハヴィランド。
『風と共に去りぬ』 や『レベッカ』 でもそれぞれの役を競り合ったふたり。姉オリヴィアが悲願の初オスカー受賞('46『遥かなる我が子』)時に、祝福する妹ジョーンを無視したことで姉妹の不和が表面化、大きく騒がれた。
≪ヒッチはここだ!≫
45分過ぎ、女流作家の車が本屋に止まるシーンで、ポストに投函している。
一部の情報では 「序盤、駅前で馬をひいている男もそう」 とあるが、ヒッチがわざわざ馬丁の衣装をつけてまで出たとは思えないし、髪もクセ毛に見えない。
『SUSPICION』
監督/アルフレッド・ヒッチコック
脚本/サムソン・ラファエルソン
ジョーン・ハリソン、アルマ・レヴィル
原作/フランシス・アイルズ
撮影/ハリー・ストラドリング
音楽/フランツ・ワックスマン
製作/デヴィッド・O・セルズニック (ノンクレジット)
RKO 109分
【ヒッチコック米時代】 2012.05.15 (Tue)
『逃走迷路 (1942米)』

≪感想≫
後の 『北北西…』 のようなスケール感はないが、アイディアに富んだ冒険に次ぐ冒険。 スリルの焦らし・はぐらかし・・・ひとつひとつが上手い。 何と言ってもラスト、「自由の女神」 はヒッチコック作品でも指折りの名シーン。あの生々しい叫び声は、今でも耳にこびりついて離れません。
単純に面白い大好きな娯楽作。
ヒッチほか多くが指摘しているように主演の男女が軽量級ではあるが、それもまたチャーミングに思えてきた。 敵の富豪パーティーに封じ込められたふたりのダンス・シーンは、ヒッチお得意の 「スクリーン・プロセス(背景合成)」 撮影。 ぼやけた背景に浮かび上がるふたりの表情は、たとえば一眼レフ写真のようなみずみずしい効果。
無実の主人公の窮地を救うのは、盲目の老人や無垢な赤ちゃん、荒野をゆく芸人たち。清く正しい心は黙っていても伝わるという、理屈抜きの 「勧善懲悪」 が時代だなあ。また、悪党にとって邪魔な主人公が監禁されるだけでずっと生かされておくのも、古き良き冒険娯楽映画のお約束。それもまたまたチャーミング。
・・・その一方で、悪党の側にも主義主張があり、それぞれ家族や生活、社会貢献を大事にしているという描写は、ただのアメリカ的プロパガンダに終わらないところだ。
A・ヒッチコック監督第28作 『逃走迷路 (1942米)』
出演/ロバート・カミングス (バリー・ケイン)
プリシラ・レイン (パトリシア・マーティン)
ヴォーン・グレイザー (盲目のマーティン翁)
オットー・クルーガー (牧場主トビン)
ノーマン・ロイド (フランク・フライ)
≪あらすじ≫
軍需工場が破壊工作員によって爆破された。犯人と間違われて追われる身となった工員バリーは、逃避行の中でパトリシアという娘に出会う。彼女は戸惑いながらもバリーの無実を信じ、運命を共にすることに。真相を知る男フライを捜して、ふたりの逃走迷路は果てしなく続く・・・。
≪解説≫
イギリス時代の 『第3逃亡者』 を練り直した、「平凡な市民が犯人に間違われ、追われる身になりながら真犯人を捜す」 というヒッチお得意の 「巻き込まれ型」 サスペンス。後の『北北西に進路を取れ』で結実する、このテーマの折り返し地点といえる。ラスト、自由の女神像での攻防が見もの。
製作のフランク・ロイドは、アカデミー賞初期の常連だった監督 (『カヴァルケード ('33)』『戦艦バウンティ号の叛乱 ('35)』)。フライ役の俳優ノーマンはその息子。
≪ヒッチはここだ!≫
65分ごろ、主人公たちの車が夜のN.Y.に着くシーン。通りの向こうで女性とショーウィンドウをのぞいている・・・が、暗いので言われないと気付かない!(スチール写真で確認)
難易度は最高クラス。
『SABOTEUR』
監督・原案/アルフレッド・ヒッチコック
製作/フランク・ロイド、ジャック・H・スカーボール
脚本/ピーター・ヴィアテル
ジョーン・ハリソン、ドロシー・パーカー
撮影/ジョセフ・ヴァレンタイン
音楽/チャールズ・プレヴィン
ユニヴァーサル 108分
【ヒッチコック米時代】 2012.05.02 (Wed)
『疑惑の影 (1943米)』

≪感想≫
前半はひたすら明るく平穏な住宅街の描写。 おませな末娘やミステリーおたく青年の物騒な会話が、凡々平和な生活のいいスパイスになっていて楽しい。 そこへ忍び寄る本物の ! 黒い影。・・・うす汚れた路地裏、汽車の黒煙、世の金持ち未亡人への罵り、相席をいやがり始める幼い妹弟・・・、あこがれの叔父への疑惑が少しずつ積み重ねられていく。
そんな、ふたりのチャーリーの心理の戦いがみごと。 「双子のようなテレパシーで結ばれた」 叔父の醜い素顔を合わせ鏡にすることで、少女は不安の青春期を乗り越えていく。・・・と同時に、「それでもまだ叔父を愛している (ヒッチ評)」 という深い傷も刻まれるのだ。
はじめは冒険のない地味な作品だと思っていたが、見直すたびに魅力が分かってきた。
とくに80分過ぎごろ、「レース・カーテン」 にいたる一連の演出が最高に素晴らしい!
・・・「メリーウィドウ事件」 の容疑者逮捕というニュースを聞いたチャーリー叔父の喜びよう。 階段を一足飛びで駆け上がる・・・が、我に返って振り返ると・・・姪チャーリーは、遠く玄関の外で立ちつくしたまま。暗い影に覆われた冷たい視線。そう、彼女は 「これにて一件落着」 などと決して信じていないのだ!
・・・そして不穏な斜めカメラから 「レース・カーテン」 のカットへ。 叔父はそのしぐさで、ついに最後の決断を下す・・・。
しびれた。
A・ヒッチコック監督第29作 『疑惑の影 (1943米)』
出演/ジョセフ・コットン (チャーリー・オークリー)
テレサ・ライト (チャーリー・ニュートン)
マクドナルド・ケリー (ジャック・グレアム刑事)
パトリシア・コリンジ (母エマ)
ヘンリー・トラヴァース (父ジョセフ)
≪あらすじ≫
静かな住宅街サンタローザ。チャーリーおじさんの来訪に、同名の姪チャーリーは大喜び。しかし大好きなおじさんが、世を騒がす未亡人殺しの犯人ではないかと疑い始める。日に日によそよそしくなる姪の態度・・・。それに気づいたチャーリー叔父もまた、ある決断を下すのだった。
≪解説≫
イギリス人のヒッチが、高名な劇作家T・ワイルダーの助力を得て、等身大のアメリカ市民社会をいきいきと描く。ワイルダーは兵役のため最初期だけの脚本参加だったが、ヒッチはその世界観づくりの功に最大級の謝辞を贈った (オープニング)。
善玉イメージのあるJ・コットンが悪役に挑戦、平穏な日常社会にひそむ黒い影を印象づけている。レース・カーテンの窓辺にたたずむ場面の不気味さよ!
対するT・ライトは、W・ワイラー監督 『ミニヴァー夫人('42)』 『我等の生涯の最良の年 ('46)』 などで知られる実力派の娘役。はつらつとした可憐さで、終戦直後の日本でもアイドル的人気を博した。
≪裏話≫
ヒッチは撮影直前の'42年、戦下のイギリスに残した母エマを亡くしている。(父ウィリアムは '14年、ヒッチ15歳のときに死去。)
戦争の混乱とタイトな契約に忙殺され、帰郷もままならなかったヒッチ。親の死に目に会えない罪悪感があったのだろう、作中で語られる登場人物たちの逸話や性格設定には、ヒッチ自身の思いが色濃く投影されている。(年が離れた甘えん坊の末っ子、トラウマによる性格の急変、古き良き父母の時代など・・・。そして、母役「エマ」は実母と同名で、父役「ジョセフ」はヒッチ自身のミドルネーム。)
≪ヒッチはここだ!≫
17分、列車の中でカードに興じる後ろ姿。持ち札がすごい手! (医師「君も顔色が悪いぞ」)
『SHADOW OF DOUBT』
監督/アルフレッド・ヒッチコック
製作/ジャック・H・スカーボール
脚本/ソートン・ワイルダー
アルマ・レヴィル、サリー・ベンソン
原作/ゴードン・マクダニエル
撮影/ジョセフ・ヴァレンタイン
音楽/ディミトリ・ティオムキン
ユニヴァーサル 108分