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【ヒッチコック米時代】 2012.04.20 (Fri)

『救命艇 (1943米)』

(ヒッチコック全作品) 
30.救命艇

 ≪感想≫
 小さな救命艇の中だけ ! を舞台にした究極の密室劇。「ノーカットふう」 に挑戦した 『ロープ ('48)』 同様、ヒッチのあくなき実験精神には頭が下がる。とても好きな作品。

 ストーリーも、それぞれの個性や思想が生々しくぶつかり合っていて、いつものサスペンス・ミステリーとはひと味違ったスリル感 (※TV吹き替え版=寺島信子、羽佐間道夫ほか)。
 各人がちっぽけなエゴと偏見に満ち、極限状態の中でそれが暴かれるだけではなく、暴走もしてしまう人間の怖ろしさ。 宝石、刺青、トランプ、コンパス・・・、それぞれが拠りどころとするアイデンティティのもろさにも皮肉が利いている。 一同がドイツ兵に飛びかかるシーンは、ヒッチが意図したとおり、獣が肉にむさぼりつくようなおぞましさを感じた。



 A・ヒッチコック監督第30作 『救命艇 (1943米)』

 出演/タルラ・バンクヘッド (雑誌記者コニー)
      ジョン・ホディアック (客船の機関士コバック)
      ウォルター・スレザック (ドイツ兵ウィリー)
      ヘンリー・ハル (実業家リッテンハウス)
      ウィリアム・ベンディックス (負傷した船員ガス)
      メアリー・アンダーソン (看護師アリス)
      ヒューム・クローニン (無線士スタンリー)
      カナダ・リー (黒人の調理師ジョー)
      ヘザー・エンジェル (子連れのヒギンス夫人)

 ≪あらすじ≫
 第二次大戦下の大西洋。客船がドイツ軍のUボートに撃沈され、8人の老若男女が一隻の救命艇に乗り込む。そこに相撃ちになったドイツ艦の乗員も助けあげられる。生き延びるためには航海術に長けたこの敵兵に頼るほかない。しかし極限のサバイバル行にみなが苦しむ中、ひとりドイツ兵は・・・。

 ≪解説≫
 舞台が終始ボートの中という特異な設定。男と女、敵と味方、富と貧困・・・小さな救命艇の中で、さまざまな人間模様が交錯する。 ノーカット風に撮った 『ロープ('48)』 や、舞台・視点を限定した 『裏窓('54)』 など、映画づくりにハードルを課すことを好んだヒッチの実験的作品。 「緊張感が高まる人物のクローズアップだけで1本作ったらどうなるか?」 がそもそもの発案。水中の魚のシーン以外、カメラはボート内から出ていない。

 ヒッチの実験精神あふれる演出が評価される一方で、「賢いドイツに振り回される連合国」とも読めるストーリーは、戦下のアメリカにあって保守派や地方都市から批判を浴びた。日本劇場未公開。

 アカデミー監督、原案賞ノミネート。(この年の作品賞はレオ・マッケリー監督 『我が道を往く』)
 '57年まであった 「原案賞」 の候補は文豪J・スタインベック。 実際の原案はヒッチ自身で、彼はもともと脚本を任されていたがヒッチは気に入らず改稿、名義だけ 「原作者」 として残された。

 ≪ヒッチはここだ!≫
 25分ごろ、やせ薬の新聞広告の中、「使用前、使用後」 のモデルとして。
 登場人物や舞台設定が限られているストーリーでの苦肉の策だったが、奇しくも一連のチョイ役出演の最高傑作となった。
 実際ヒッチは300⇒200ポンド(90kg/173cm)のダイエットに成功しており、この架空のやせ薬 「Reduco(≒ヤセール)」 を求めて問い合わせが殺到したとかしないとか。 ちなみにヒッチのダイエットは、朝昼はコーヒーだけという無理な方法。案の定リバウンドしている。



 『LIFEBOAT』

 監督/アルフレッド・ヒッチコック
 脚本/ジョー・スワリング
 原作/ジョン・スタインベック (脚本の初稿だけ手掛け、名義だけ残された。)
 撮影/グレン・マックウィリアムズ
 音楽/ヒューゴー・フリードホーファー
 製作/ケネス・マックワゴン

 20世紀フォックス 106分
 
20:04  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【ヒッチコック米時代】 2012.04.15 (Sun)

『闇の逃避行』 『マダガスカルの冒険』 ('44英)

(ヒッチコック全作品) 
30.5.短篇集
『ヒッチコック短篇集』

 ≪感想≫
 どちらも各30分の中に詰め込みすぎていて、よく分からなかった。(フランス語なのでなおさら)
 味方の連合国側の失策や裏切りなども描いており、戦意高揚の宣伝<プロパガンダ>にならなかったというのも分かる気がします。製作の'44年時はすでに敵国ドイツの退潮が始まっており、声高に叫ぶよりついつい好きな方向に走ってしまった、という感じ。
 もともとヒッチは戦前ドイツの撮影所≪UFA (ウーファ)≫で多くの事を学んでおり、単純に正・邪に分けられないいくらかのシンパシーがあったのではないでしょうか。

 『闇の逃避行』 は、同じシーンが繰り返される2度目は違った視点が加えられている・・・、という 『羅生門』 スタイルが凝っていた。(そこが煩雑でもあった。)
 『マダガスカルの冒険』 は、思い出ばなし形式なので緊張感に欠けた。



 A・ヒッチコック監督番外作 『闇の逃避行<ボン・ボヤージュ>』 『マダガスカルの冒険』 (1944英)

 出演/ジョン・ブライス (英空軍軍曹ジョン)

     ポール・クラルス (俳優ポール)
     ポール・ボニファス (警察署長)
     ポーレット・プレニー (イヴォンヌ)
     ・・・ほか在英亡命フランス人劇団 「モリエール・プレイヤーズ」

 ≪あらすじ≫
 『闇の逃避行<ボン・ボヤージュ>』
 若いイギリス兵が、レジスタンスの手引きでナチ占領下のフランスから脱出した。しかし彼に同行したポーランド将校はゲシュタポのスパイだったと分かり、レジスタンスの地下組織網が丸裸にされてしまった。その逃避行の記憶をたどるうち、彼の気付かなかった事実が次々と明かされていく。

  『マダガスカルの冒険』
 ある芝居前の楽屋・・・。マダガスカル帰りの役者が、かいらい政権派の警察署長の妨害に遭いながら、レジスタンスとして闘った日々を語りだす。


 ≪解説≫
 ヒッチがイギリス情報省の依頼で製作した、戦意高揚・フランス抵抗運動支援のための短編2作。(通常、監督全53作品の中に数えない)。 全編フランス語で描かれ、ヒッチとの対談本でおなじみF・トリュフォー監督も、戦中に 『闇の逃避行』 を観たそうだ。
 ただし 『マダガスカルの冒険』 のほうはヴィシー傀儡政権とレジスタンス勢力、フランス内部の分裂をあつかっていたため、当時公開されることはなかった。

 戦後、このときヒッチに依頼した情報省映画部長シドニー・バーンスタインと 「トランス・アトランティック・ピクチャーズ」 社を設立、D・O・セルズニックから独立することになる。(・・・が、『ロープ』 『山羊座のもとに』 の連敗であっさり倒産。)



 『BON VOYAGE』 『AVENTURE MALGACHE』

 監督/アルフレッド・ヒッチコック
 脚本/J・O・C・オートン、アンガス・マクフェイル
      ジュール・フランソワ・クレルモン
 撮影/ギュンター・クランプ
 音楽/ベンジャミン・フランケル

 イギリス情報省 26分、32分

 
23:54  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【ヒッチコック米時代】 2012.04.05 (Thu)

『白い恐怖 (1945米)』

(ヒッチコック全作品) 
31.白い恐怖

 ≪感想≫
 開いていく心の扉、飲み干すミルク、ラストのピストル・・・、一般受けする凝った映像表現の多用は、ヒッチコック初心者のころは感心させられました。 ダリと作った悪夢のシーンは、さすがに今見ても色あせることなく刺激的です。
 半世紀前の古いフロイト心理学なので、謎解きが夢診断のゲームっぽすぎるのが弱い。

 しかし何と言っても 「バーグマン3部作」 の最初。 バーグマンは(ヒッチの趣味で)愛にもだえ苦しむ後2作より、このくらい気丈で健康的なほうが伸び伸びしていて美しい。 こっちが 「spellbound (うっとり、呪縛)」 です。
 一方のペックは・・・好きな人は好きだろうけど、ヒッチコック的な色気や器用さがないんだよなあ。
 なおこの主役ふたりについては、すぐに失神する男と 「私がついているから」 と励ます力強い女・・・。従来の男女像が逆転しているという指摘 (山田宏一、和田誠) がおもしろかった。



 A・ヒッチコック監督第31作 『白い恐怖 (1945米)』

 出演/イングリッド・バーグマン (コンスタンス・ピーターソン)
     グレゴリー・ペック (アンソニー・エドワーズ院長) 
     レオ・G・キャロル (マティソン博士)
     ミケル・チェーホフ (ブルロフ博士)

 ≪あらすじ≫
 女医コンスタンスの勤める精神病院に、新院長エドワース博士が赴任する。やがてふたりは恋に落ちるが、白いシーツの縞模様を見たエドワース博士は突然恐怖に震えだす。果たして、「白」 と 「縞」 が意味するものとは・・・?

 ≪解説≫
 『レベッカ』 以来、久々に契約主の製作者セルズニックと組んだ、ロマンティックな心理学ミステリー。
 公開は終戦直後の'45年12月、戦勝国とはいえアメリカもまた心身ともに傷ついていた。精神分析を本格的に取り入れたストーリーが話題になり、「ニューロティック(神経症)映画」 と呼ばれてアメリカに心理療法ブームを巻き起こした。

 シュルレアリスムの奇才サルバドール・ダリが、悪夢のシーンの美術を担当。なおこのシーンの演出は、『風と共に去りぬ』や『海外特派員』 を手がけたウィリアム・キャメロン・メンジーズという高名な美術監督で、ヒッチは直接関わっていない。
 当初の構想では悪夢のシーンは約20分ほどあり、バーグマンが石像を破って現れるなど凝りに凝った内容だったらしい。 実際に撮影されたものの、難解すぎるという理由でお蔵入り。バーグマンはその出来の良さを惜しんだという。(ヒッチの性格からして、他人の才能をあまりよく思っていなかった?)

 またバーグマンの紗がかかった美しさは、「当時ハリウッドで女優を最も美しく撮るキャメラマン」 とヒッチも認めたJ・バーンズの腕によるところが大きい (アカデミー白黒撮影賞 『レベッカ』 も彼。)

 ≪受賞≫
 世界初の電子楽器テルミンを用いた妖しいテーマ曲が、アカデミー音楽賞受賞。
 ほかアカデミー作品、監督、助演男優(M・チェーホフ)、モノクロ撮影、特殊効果賞にノミネート。(同年の主要賞はビリー・ワイルダー監督『失われた週末』。この作品も「心の病」を描くものだった。)

 ≪ヒッチはここだ!≫
 35分ごろ、「エンパイア・ステイト・ホテル」のエレベーターから出てくる。タバコをぷかり。



 『SPELLBOUND』

 監督/アルフレッド・ヒッチコック
 脚本/ベン・ヘクト
 原作/フランシス・ビーディング
 撮影/ジョージ・バーンズ
 美術/ジェームズ・バセヴィ、サルバドール・ダリ
 第2班監督/ウィリアム・キャメロン・メンジーズ (悪夢のシーンの監督。失敗作だと思った本人の希望でノンクレジット。)
 特撮/レックス・ウィンピー
 音楽/ミクロス・ローザ (アカデミー音楽賞受賞)
 製作/デヴィッド・O・セルズニック

 セルズニック=ユナイト 111分
 
22:35  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【ヒッチコック米時代】 2012.03.24 (Sat)

『汚名 (1946米)』

(ヒッチコック全作品) 
32.汚名

 ≪感想 (※ラストに言及)≫
 銃もナイフも出てこない。主人公が断崖に宙吊りされるわけでもない・・・。スパイ・サスペンスものの体裁を取っているが、敵味方に分かれて戦う恋人たちの武器は 「愛」。 ヒロインの汚名もヒーローの任務も晴らされることはなかったが、抱き合って屋敷を脱出するラスト、敵富豪の 「愛」 の敗北で物語が決まる。

 ぐっと面白くなるのは後半、妻の愛はいつわりで、陰謀もあばかれたと知った後の大富豪。ひとつだけ消えたカギや 「1934」 年のボトルの描写などは、ヒッチもノッていてスリル演出に血肉が通っているように思えた。翌朝、苦渋に満ちた息子とどこまでも冷徹な母が相談する場面も。 この母子の両優がいい。

 現代人からすれば、序盤のヒロインの自堕落なエロス感が物足りなかったが、当時はあの長いキス・シーンだけでじゅうぶんスキャンダラスだったということか。 ここに登場する恋人たちの、より抑制を強いられた愛の苦しみもどかしさは潮(うしお)のように伝わってきた。



 A・ヒッチコック監督第32作 『汚名 (1946米)』

 出演/イングリッド・バーグマン (アリシア・ヒューバーマン)
      ケイリー・グラント (T・R・デヴリン)
      クロード・レインズ (富豪アレックス・セバスチャン)
      レオボルティーネ・コンスタンチン (富豪の母)

 ≪あらすじ≫
 父がナチのスパイだと知ったアリシアは自暴自棄な生活を送っていたが、アメリカの諜報員デヴリンと出会い、その調査に協力することに。ふたりは南米リオの富豪セバスチャンに近づくが、アリシアははずみで富豪の求婚を受け入れてしまう。

 ≪解説≫
 人生に絶望するあまり、男を取っかえひっかえのすさんだ生活。ようやく運命の恋人を見つけた矢先に、その愛に報いるために愛してもいない他の男と結婚。 あの人はすぐそばにいるのに! ・・・スリリングな背徳の香りを漂わせたロマンティック・サスペンス。
 バーグマンとグラントの約4分にわたるキスシーンは、当時のハリウッドの道徳を破るセンセーショナルなものだった。(途切れ途切れのキスだから制限時間内だろう?というヒッチの理屈が、悪役レスラーの反則行為みたいで笑えた。)
 アカデミー脚本、助演男優賞(C・レインズ)ノミネート。

 ロマンチストの製作者セルズニックは、諜報活動やウラン鉱など政治・軍事的なプロットのわずらわしさを嫌い (事実FBIなどから目を付けられたそうだ)、作品の権利をRKO社に売り払ったが、ヒッチ自らプロデューサーになってヒットに導いた。
 当のヒッチも、「ウラン鉱」 というマクガフィン (物語のカギとなる設定) は何でも良かったと振り返っている(「ウラニウムがいやならダイヤモンドにしましょう」)。 もったいつけたテーマなんかより、スリリングな恋や冒険の中身で勝負、というわけだ。

 ≪裏話≫
 後の 『サイコ』 にもつながる大富豪のマザコンぶりは、ヒッチ自身の投影と言われている。
 ヒッチの母エマは、カトリックの厳格なしつけを施す一方で、3人兄妹の末っ子アルフレッドを溺愛した。さらにヒッチ15歳のとき夫を亡くした失意から、母子は互いに過干渉に傾き、ヒッチは成人してもしばらくの間、母に一日の報告を丁寧に聞かせていたという。母エマは渡米をうながすヒッチの誘いも聞かず、戦下のイギリスで'42年(『疑惑の影』の撮影前)に病没している。
 富と名声にあかせてヒロインをその手にしながら、もどかしく悩む大富豪の気迷いは、愛する女優バーグマンに対する監督ヒッチの感情そのままといってもよい。(ヒッチはこの頃、「バーグマンからベッドに誘われた」 との妄想を公言していたというのだからアブない人だ。)

 ≪ヒッチはここだ!≫
 64分、富豪邸のパーティでシャンパンを飲み干す。 初級編。



 『NOTORIOUS』

 監督・原案・製作/アルフレッド・ヒッチコック   
         脚本/ベン・ヘクト (アカデミー脚本賞ノミネート)
         撮影/テッド・テツラフ
         衣装/イーディス・ヘッド (後の『裏窓('54)』からはヒッチ作品の常連になる名匠)
         音楽/ロイ・ウェッブ
      共同制作/バーバラ・キオン
                     
 RKO 101分
 
17:33  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【ヒッチコック米時代】 2012.03.12 (Mon)

『パラダイン夫人の恋 (1947米)』

(ヒッチコック全作品) 
33.パラダイン夫人の恋

 ≪感想≫
 製作兼脚本セルズニックのワンマン作品で、愛のヘリクツとフンイキ優先。各人が唐突に(!)愛に狂ったり嫉妬したり。
 キャラクターはレールの上で 「駒」 として都合よく動いているだけ。「個」のうねりぶつかりはなく、みんな同じことを知り同じほうを向いている。そんな「えらい人」の言いなりが透けて見える映画など面白いはずがない。

 ヒッチの演出は上品で才能がよく出ている。 被告席の夫人が愛人の入廷を背中で感じ取るシーン、わざわざヒッチお得意の 「スクリーン・プロセス(背景合成)」 で撮ったという微妙な空間のゆがみが、愛の高揚感が湧きあふれるようでとても素晴らしかった。ここだけは何度でも繰り返し観たい。

 ヒッチは 「卑俗な下男」 役のジュールダンが二枚目すぎたことが不満だったようだが、ジュールダンはじゅうぶん健闘している。ほか判事役C・ロートンのスケベったらしさや、その妻役エセル・バリモアの妙なおびえなどもハマリ役で目を引いた。(この夫妻の描写はだいぶカットされたというのが残念。)
 一方、肝心のペックが愛に狂うほど演技派じゃないのが、一番のマイナス印象になったのかも。この勝手に横恋慕する弁護士、いっそとことん悪役にすれば面白かったのに。



 A・ヒッチコック監督第33作 『パラダイン夫人の恋 (1947米)』

 出演/グレゴリー・ペック (アンソニー・キーン弁護士)
      アリダ・ヴァリ (マグダレーナ・パラダイン夫人)
      アン・トッド (キーンの妻ゲイ)
      チャールズ・ロートン (ホーフィルド判事)
      ルイ・ジュールダン (下男アンドレイ・ラトゥール)

 ≪あらすじ≫
 ロンドンの弁護士キ-ンは、夫を殺害したというパラダイン夫人の弁護を引き受ける。彼はたちまち美しい夫人の虜になるが、彼女が卑俗な下男ラトゥールと関係があったことを知り、がく然とする。夫人への盲目的な愛と、ラトゥールへの軽蔑心から、キーンは次第に弁護士としての冷静さを失っていく。

 ≪解説≫
 脚本も担当した製作者セルズニック。いかにも彼好みの大時代的なメロドラマに仕上がった。セルズニックはシーンごとにシナリオを送ってよこすので、ヒッチは全体像をつかめず苦労したという。そこが失敗した最大の原因だ。
 これでセルズニックとの独占契約が切れたヒッチは、本作を最後に独立。 現場への口出しの多さで知られる辣腕プロデューサーと、完璧主義の気難し屋な監督・・・、渡米第1作『レベッカ』以来、かなりの火花を散らし続けた両者は、ついに袂を分かつ。

 ≪裏話≫
 当時のセルズニックは、ヒッチら大物と専属契約を結んでは他社に貸し出す商法で大もうけする一方で、いち製作者としては戦前ほどヒット作を出せずに焦っていた。本作も企画時から周囲の受けが悪く、最終的にはシナリオを自筆するハメに。 相変わらず独裁をふるって疎まれる一方で、ヒッチとアルマ夫妻の顔色をうかがうような弱気も見せていたという。 (この専属契約で縛るやり方と現場への口うるさい介入は、やがて彼が人心を失う原因になった。)
 そんな彼の起死回生となったのが、2年後の歴史的名作 『第三の男 ('49)』。その不滅のヒロインを演じたのがイタリア出身、本作でハリウッド・デビューさせた秘蔵っ子アリダ・ヴァリであった。

 ≪ヒッチはここだ!≫
 35分すぎ、駅を出るG・ペックの後ろ、チェロを抱えてタバコをぷかり。



 『THE PARADINE CASE』

     監督/アルフレッド・ヒッチコック
 製作・脚本/デヴィッド・O・セルズニック
     原作/ロバート・ヒチェンス
     撮影/リー・ガームス
     音楽/フランツ・ワックスマン

 セルズニック=ユナイト 114分
 
20:16  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【ヒッチコック米時代】 2012.03.02 (Fri)

『ロープ (1948米)』

(ヒッチコック全作品) 
34.ロープ

 ≪感想 (ラストに言及あり)≫
 ノーカット撮影のように見せるのは、ドラマ演出の上ではむしろマイナス。映像に起伏やハイライトがないし、つなぎ目ばかりが気になってしまう。 ただそんなヒッチのあくなき実験精神が、映画史上でも特筆すべき個性と売りになった。 そういうことでいいと思う。 実際にやってみたことがえらい。

 開きそうで開かないチェストの蓋のスリル。 ただし最後まで一度も開けないでほしかった! 開けて死体を見てしまったことで、J・スチュワートの謎解きが説教じみてしまったのが惜しまれる。彼が静かに手を置くラストも、よりいっそう映えていたと思う。
 一方、J・ドールのふてぶてしい冷血漢ぶりは出色。 ヒッチ作品はこの1本だけなのがもったいない。



 A・ヒッチコック監督第34作 『ロープ (1948米)』

 出演/ジェームズ・スチュワート (カデル教授)
     ジョン・ドール (ブランンドン)
     ファーリー・グレンジャー (フィリップ)
     ジョアン・チャンドラー (デヴィッドの恋人ジャネット)

 ≪あらすじ≫
 「優れた者は殺人の特権も許される」という妄想のもと、インテリ青年ブランドンとフィリップは、友人デヴィッドをロープで絞殺する。ふたりはさらにスリルを求め、死体を隠した部屋でパーティを催すのだが・・・。

 ≪解説≫
 全編ノーカットで撮影されたかのような切れ目のない映像。事件の発端から解決まで、80分余の経緯をそっくり上映時間の中に収めた実験的作品。 ドラマとしては必ずしも成功しているとは言えないものの、その実験精神を讃えてヒッチコック第一の傑作に挙げる人も多い。

 実際は(フィルム1巻ぶんの)約10分ごとに、人物の背中や静物でカット編集している。 カメラの動きに合わせて壁や家具をどかしたり戻したりと、現場はとにかく大変だったそうだ。 (無粋ながら…)カットの位置は11分、19分、26分、32分、42分、49分、57分、66分、71分のところ。うちいくつかはノーカット風にせず、通常の画面切り替えになっている。

 ≪裏話≫
 らつ腕プロデューサーのD・O・セルズニックから独立して、イギリス時代の友人バーンスタインとT.A.P社を設立。ヒッチ自身が本格的にプロデュースを担当。門出の一作を初のカラーで飾った。(・・・が、興行はイマイチだったうえ、次作 『山羊座のもとに』 の大失敗で早くも倒産。)

 ≪ヒッチはここだ!≫
 ①冒頭、女性と連れだって通りを歩いている。・・・とされているが確信は持てない。
 ②53分、客たちが帰るシーンで、窓の外で赤く点滅する広告ネオンがヒッチのシルエットになっている。商品名は 「Reduco」 という、以前 『救命艇 (’43)』 に出てきた架空のやせ薬。ヒッチが 「使用前、使用後」 のモデルとしてチョイ役出演したあの有名なネタだ。 芸が細かい! (注:スチール写真で確認。実際の劇中では分かりにくい。)



  『ROPE』

 監督・製作/アルフレッド・ヒッチコック
     製作/シドニー・バーンスタイン
     脚本/アーサー・ロレンツ
     原作/パトリック・ハミルトン
     撮影/ジョセフ・ヴァレンタイン
     音楽/レオ・F・フォーブスタイン

 トランスアトランティック・ピクチャーズ社 80分
 
23:15  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【ヒッチコック米時代】 2012.02.17 (Fri)

『山羊座のもとに (1949英)』

(ヒッチコック全作品) 
35.山羊座のもとに

 ≪感想≫
 大時代的で魅力のないセリフ語り。合間に奇抜なキャラクターと 「未開の地」 のおどろおどろしさを挟んだ、旧世紀の見世物小屋のような映画。
 何よりバーグマンは、いかにも 「演技してます」 という感じ。骨太で凛とした彼女に、ここまで受け身の役は似合わない。この弱く愚かなヒロインのいちいちがもどかしい。 夫サムはだんだん単純・短絡的なキャラクターに。 そして屋敷を支配する陰険な家政婦は、有名なダンヴァース夫人 (『レベッカ('41)』) の小モノ版・二番煎じとしてどうしても比べてしまう。

 上の写真の国内DVDは、大昔のカラーテレビ放送のようなひどい色彩で、日本語訳もお粗末。 観賞を急ぐ必要なし。



 A・ヒッチコック監督第35作 『山羊座のもとに (1949英)』

 出演/イングリッド・バーグマン (ヘンリエッタ)
      ジョセフ・コットン (その夫サム・フラスキー)
      マイケル・ワイルディング (チャールズ・アデア)
      マーガレット・レイトン (家政婦ミリー)
      セシル・パーカー (提督)

 ≪あらすじ≫
 イギリスの植民地化が進む19世紀前半の豪州シドニー。 新総督のいとこで一攫千金を夢見る青年チャールズは、この地で成功を収めたフラスキー夫妻と知り合う。彼は、夫の冷たさに心を痛める妻ヘンリエッタの力になろうと献身的に尽くすが、上流階級への劣等感に取りつかれた夫サムの不興を買ってしまう。

 ≪解説≫
 歴史ロマンに男女の愛憎をからめた、ヒッチ久々の時代劇。
 しかしヒッチが愛するバーグマンのためだけに作ったような内容。情欲にもだえ狂う奇抜な役をやらせて喜んでいるふうで、観客には理解されなかった。 250万ドル以上の製作費を投じ、久々に故郷ロンドンで撮影した大作だが興行は大失敗、ヒッチの独立プロT.A.P社は2作目にして倒産した。 日本劇場未公開。
 タイトルは南半球・オーストラリアの比喩。(TV放送時の旧邦題 『ヒッチコックの南回帰線』)

 ≪裏話≫
 ヒッチは妻アルマと険悪になるほどバーグマンに惚れこんだが、演技のリアリズムを極めんとするバーグマンに対し、あくまでスクリーン上の楽しさ美しさを優先したヒッチ。(「イングリッド、たかが映画じゃないか」)。 3本のヒッチコック作品(ほか『白い恐怖』『汚名』)は彼女の代表作とは言いがたく、ヒッチの完全な片思いに終わった。(・・・バーグマンは後年、ヒッチの米映画協会AFIの功労賞受賞式('79)に駆けつけるなど、「友情」としては途絶えていなかったようだ。)
 この撮影直後、バーグマンは家庭を捨ててイタリアの映画監督ロベルト・ロッセリーニと駆け落ち。映画界を揺るがす大スキャンダルになる。

 ≪ヒッチはここだ!≫
 13分ごろ、総督の屋敷に馬車が着くシーン、話をしている3人のうち真ん中の小さな男。(スチール写真でしかと確認。)



 『UNDER CAPRICORN』

 監督・製作/アルフレッド・ヒッチコック
     脚本/ジェームズ・ブライディ
     撮影/ジャック・カーディフ、ポール・ビースン、イアン・クレイグ
         デヴィッド・マックスニーリー、ジャック・ヘイスト
     音楽/リチャード・アディンセル
   スクリプター/ペギー・ロバートソン (※旧姓シンガー。後にヒッチの個人秘書となり生涯支えた陰の功労者。)
     製作/シドニー・バーンスタイン

 トランス・アトランティック・ピクチャーズ社 117分
 
22:41  |  ヒッチコック米時代  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑