【日本映画】 2017.06.08 (Thu)

高峰×成瀬の 『女が階段を上る時('60)』

高峰×成瀬『女が階段を上る時』

 水商売に生きる女の悲哀を描く成瀬巳喜男監督、菊島隆三制作・脚本の映画 『女が階段を上る時』。1960年・東宝。

 主演は天下の高峰秀子さん。

 夫に先立たれ、生活のために銀座のバーで働いている雇われママ。美人だから人気はあるが、水商売に染まりきれず、男の客にはもちろんのこと、同業の女たちにも素顔を見せられない。気の利いたナレーションは、そんな彼女の本音を吐露しているかのようです。

  「昼のバーは、化粧をしない女の素顔だ」
  「ビジネスガールが帰る頃、銀座にプロが出勤してくる」
  「車で帰るのが一流、電車で帰るのが二流、客とどこかへシケこむのが最低だ」


 そしてタイトルの由来になった――

  「私は階段を上る時が一番いやだ」

 飲みたくもないお酒を飲み、好きでもない男に愛想を振りまく仕事への入り口。それでも階段の先にある店まで上りきってしまえば、夜の顔になりきる自分自身を冷ややかに見つめる。
 単純な「女の哀しさ、たくましさを見てください」とは違う、あえて後ろ向きに、その日その日を生き抜かんがために漂流するヒロイン像が成瀬らしい。


 いつ見てもお美しい高峰さんは、同じ成瀬の 『浮雲('55)』 から 『乱れる('64)』 までの10年、こういう擦れた、けだるい「30女」をやらせたら天下一品です。(でも決して下品にならない!)
 その前、20代の 『二十四の瞳('54)』 『無法松の一生('58)』 のような清純・貞淑ぶりから、そのあと40代以降の『花岡青洲の妻('67)』 『恍惚の人('73)』 のような激烈な役まで・・・、この人にできない役なんてあったのだろうか??

 もともと好きな人だったけど、2010年に亡くなられる前後から、高峰さんへの想いは年々募るばかり。ベストセラーになったエッセイ集も拝読しましたが、その豊かで軽妙な文才にもすっかり参ってしまった。本作では、男性陣のスーツも含めた衣装も担当されたとのこと。
 強欲な男(小沢栄太郎)、下心丸出しの男(中村鴈治郎)、スマートだが情の薄い男(森雅之)、風采は上がらないが誠実な男(加東大介)、辛苦を共にする同業の男(仲代達矢)・・・。男とは勝手なもので、自分もこのろくでもない男たちになりきりながら、高峰ママの美しさと才能に惚れまくりでした。


 描かれるお話じたいはさほど新しくもないのが、これだけの名手を揃えながらあまり知られていない理由でしょうか。
 次から次へと強敵が現れる終盤の「3連戦」は、マンガみたいで笑ってしまった。ありがちな展開になって、ここでいったん冷めた。でもまぁ、そうやって夜の女の「厳しい試練」を戯画的にまとめて見せたのだろう。

  「歩道の並木も、冷たい風を受けながら新しい芽を育てていく」

 ささやかながらもそれなりの落とし前をつけて、物語は笑顔で終わる。・・・いや、始まっていく。それは彼女の願った結末ではないかもしれないのだが。
 
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【日本映画】 2017.02.01 (Wed)

≪この日本映画!≫書庫もくじ

  ≪日本映画≫書庫もくじ

  高峰×成瀬の『女が階段を上る時(1960)』
  『修羅雪姫』~梶芽衣子さまに斬られたい
  『ゴジラ』第1作だけあればいい
  武満徹、映画音楽の旅
  溝口健二 『祇園囃子('53)』 は美しいか
  小津安二郎をみたけれど (1)
  小津安二郎をみたけれど (2)

  おいしい映画 『南極料理人('09)』
  小津とおならと『お早よう』と
  小林正樹×橋本忍『切腹(1962)』
  勅使河原宏・安部公房『他人の顔(1966)』
  日米競演『Shallweダンス?』
  伊丹十三の大傑作『タンポポ』
  高峰×成瀬の『乱れる(1964)』
  小津安二郎『秋刀魚の味』
  時代劇の名悪役トリオ

  【黒澤明】
  クロサワ版マクベス
  黒澤映画の悪女・山田五十鈴
  黒澤映画の原節子
  黒澤明『静かなる決闘』・・・の千石規子
  黒澤明『隠し砦の三悪人…の雪姫』
  黒澤明没後10年『七人の侍』

  【名キャメラマン宮川一夫】
  溝口健二『雨月物語』
  稲垣浩『無法松の一生(1943“阪妻”版)』
  黒澤明『羅生門』
  市川崑『炎上』
  小津安二郎『浮草』
  映像の神様・宮川一夫

  【宮崎駿】
  ポニョと未来少年コナン
  天空の城ラピュタ、みました。
  カリオストロの城、みました。
  風の谷のナウシカ、みました。
 
19:07  |  日本映画  |  EDIT  |  上へ↑

【日本映画】 2017.01.30 (Mon)

梶芽衣子さまに斬られたい

梶芽衣子『修羅雪姫』

   おとめ盛りの白肌を
   赤く染め散る修羅の花
   蛇の目に隠した恨みの刃
   女はとうに捨てました――


 永遠の怨み節・梶芽衣子さま主演による 『修羅雪姫』
 藤田敏八監督、1973年東宝。 東映じゃなくて東宝。


 何といっても、梶芽衣子さまの凛とした美しさ!
 現代的な強い女の目ヂカラ&メイクと、アップにまとめたたおやかな髪&楚々とした着物姿・・・。古今・和洋の絶妙な融合に狂わされんばかり。 興奮しすぎて鼻血出そうです。
 肩を斬られて二の腕があらわになるサービス・ショットに感謝感謝。

 憎き仇敵の娘をけなげに演じた、当時20歳の中田喜子さんも可愛らしい! 昔の映画やTVドラマでよくお見かけしますが、ほんとに美人なんだこのひとも。
 ふたりが交互に親のカタキと狙いあう、なんて続編・続々編があってもよかったのにな。


 殺された両親の仇を討つお話は、まぁ二の次。B級バイオレンスと言われればそれまで。
 でも冒頭、雪の小道の暗殺シーンには、日本映画が培ってきた端麗な様式美がしっかり継承されていて、うっとり酔わされるほどです。


 美しき復讐者が繰り広げるバイオレンス劇は、クエンティン・タランティーノ監督 『キル・ビル』 の元ネタになって再評価されるように。『Lady Snowblood』 はナイスな英題。
 タラ監督ならではの確信犯的キッチュなセンスは相変わらず面白かったけど、現代風のスピーディでリアルなチャンバラにしたので、残酷さもリアルに過ぎてげんなりさせられた。
 その点、本作の'70年代らしい、このくらいの 「血のりインク」 「貼りぼて人形」 まるだしのほうが肩がこらなくていい。海を文字どおり真っ赤に染める血糊の量には、環境破壊を越えて笑ってしまった。



 劇画の原作者でもある小池一雄さん作詞、平尾昌晃さん作曲によるコテコテの主題歌 『修羅の花』 も、冬の夜長にしみ入ります。

 「〽 涙はとうに捨てました~」

 芽衣子さまに斬られるには、芽衣子さまに涙を捨てさせるほどの悪さをしなくちゃいけないんでしょうか。おとこの人生、悩みは尽きません。


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22:47  |  日本映画  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【日本映画】 2016.08.02 (Tue)

『ゴジラ』第1作だけあればいい

『ゴジラ』ポスター(白黒)

 『ゴジラ』の最新作が公開ということで、伝説の第1作を久々に観ました。
 1954年・東宝。壊滅的敗戦からわずか9年。同年の「第五福竜丸」事件も重なっての、作り手・演者の熱気や迫真にあらためて圧倒されました。

 当時は東宝も円谷も、あきれるほどノンキに戦記ものや放射能ものを作っていたので、本作を純粋な 「反戦・反核」 映画でくくるのは早計だと思います。
 が、身を焼かれ、踏み潰され、住む家を追われるエキストラの顔は、それを実際に味わった人たちの顔。(そんな愚かな時代を許した・支持した人たちでもある。)
 そして、モノクロの夜にゆっくりと襲来するゴジラからは、着ぐるみ怪獣ショーで育った幼少の思い出を全否定されたような、本当に背筋が凍るような戦慄をおぼえました。
 驚くほど静かに繰り広げられるクライマックスの対決も出色。ただの娯楽映画で終わらないゆえんがあります。


 後年の子供だましな娯楽シリーズ化を嘆く声も多いですが、むしろそっち路線に転じてよかったのではないか。
 戦争を知らない、学んでいない世代が、ゴジラ映画にどう新しい意義や視点を見出したのかは知りませんが、リアルな破壊と殺りくの描写はそう簡単にマネできるものではないし、再びマネできる時代が来ても困る。まして、外患をタテに軍隊が跋扈するなどもってのほかだ。

 ラスト、志村喬演じる博士の名警句――

 「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない・・・。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、
  あのゴジラの同類が、また世界のどこかに現れてくるかもしれない・・・」


 ――破滅への火種はくすぶり続けたままですが、今のところ その後のゴジラが凡作に終わっているのは、現実の人類にとっては幸福だったのかもしれません。


  『ゴジラ』
 製作/田中友幸 (東宝黄金期のヒットメーカーであり、最初にゴジラ設定を思いついた発案者)
 監督・脚本/本多猪四郎
 脚本/村田武雄
 特殊技術/円谷英二
 音楽/伊福部昭
 主演/宝田明、河内桃子、平田昭彦、志村喬
 1954年、東宝


 
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【日本映画】 2016.06.18 (Sat)

武満徹、映画音楽の旅

武満徹の映画音楽

 今2016年は作曲家・武満徹の没後20年ということで、その映画音楽を集めたCDを買いました。たまたま中古CD店で見つけた計7枚。

 武満音楽はなんとくなく聴いていた程度でしたが、映画 『他人の顔(1966)』 に魅せられて以来、ぐっと身近な人に。(リンクは過去記事へ)
 前衛的でむずかしい現代音楽――という先入観がふっとんだ。 とにかくおしゃれなんだもん。 うら若くてかわいい! 前田美波里さんの、たどたどしいドイツ語もいい味なんだな。(リンクはYouTubeへ)


 ほか、同じチームによる傑作 『砂の女』 のように狂気を含んだものから、『怪談(小林正樹監督) の琵琶や胡弓、インドのシタールまで交えたミステリアスの極致まで。
 ・・・驚くほどの守備範囲の広さに圧倒されました。さらには 『化石の森(篠田正浩監督)『白い朝(勅使河原宏監督) のジャズ・ピアノもカッコよかった。武満ジャズばかり集めて聴いてみたい。

 一方、ほのぼのと優しい『どですかでん(黒澤明監督) は、意外なほど分かりやすいメロディだけど、あんまり自分を出していない感じ。“天皇”黒澤は音楽にも口出しする人だったから、“外様”の武満はさぞやりにくかっただろう。
 でも 「意外なほど分かりやすい」 のも、偉大な才能の一端だと知る。ありがとう、武満先生。われわれ凡人のレベルまでハシゴを下ろしてくれて。


 ぼくの武満音楽の旅はまだ始まったばかり。
 NHK-BSのクラシック番組でやっていた、フルート奏者エマニュエル・パユによる武満作品集もよかった。尺八を模したような激しい息づかいは、岩をうがつ渓流の如し。(どうせ飽きるほどリサイクル再放送されるだろうから)機会があればぜひご一聴ください。

 
10:19  |  日本映画  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【日本映画】 2015.10.25 (Sun)

クロサワ版マクベス

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黒澤明 監督 『蜘蛛巣城』 (1957年 東宝)


黒澤映画の中で一番好きな作品・・・といえば、やっぱり 『七人の侍』

古今東西、全映画の中でも別格の域に入る大傑作です。


じゃあ、2番目に好きなのは何だろう?

『用心棒』? 『生きる』?

・・・最近は、『スターウォーズ』の元ネタとして知られる 『隠し砦の三悪人』 も人気だ。

でもぼくは、少々マイナーながら 『蜘蛛巣城』 (くものすじょう)が好き。


「やがて一国一城の主になる」と魔女から予言された武将が、野心と猜疑心に駆り立てられるまま、権力の座を腕ずくで奪い取っていく・・・



・・・という、シェイクスピアの4大悲劇『マクベス』を、日本の戦国時代に移して翻案した物語。

主演は三船敏郎、山田五十鈴、千秋実


もともと原作が好きという理由もあるのだが、それにしてもクロサワ版 『マクベス』 はよく出来ている。

原作を巧みに換骨奪胎しながら、物語のテーマは的確に消化。

野望にまい進する驍将に見えて、一皮むけば胆の小さなつまらぬ男マクベス。

(そこがじつに等身大・人間的でもある)

そんな優柔不断の夫をそそのかす“マクベス夫人”を演じた山田の、鬼気迫る演技に圧倒!

そして黒澤を語るとき必ず話題になる、壮絶なクライマックス。


ただし! 録音があまりにひどく、セリフが聞き取りにくいのが致命的。

公開当時も、「(字幕をつけられる)海外ウケしか考えていない」 と叩かれたらしい。

そこで今のDVD版には、日本語字幕の機能がついて、ずいぶん分かりやすくなったのだとか。


手持ちのビデオは、ヘッドフォンをつければ何とか聞き取れる。

だからどうしようかな、DVD買おうかな、と迷っている今日この頃。

ぼくもマクベス同様、手早く事を決めるには、人肌の乳で育ちすぎたようです・・・。

 
15:57  |  日本映画  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑

【日本映画】 2015.03.15 (Sun)

『祇園囃子(1953日)』 は美しいか

『祇園囃子』DVD


 溝口健二監督の名作映画 『祇園囃子(ぎおんばやし)。1953年、大映。
 京都祇園の芸妓として生きる女たちの、美しくも厳しい世界を描く。主演は木暮実千代若尾文子

 「強引なお客は人権無視で憲法違反」 なんてのたまうアプレゲール(「戦後派」つまり現代っ子)な妹分・若尾さんのまぁかわいらしいこと!!
 髪結いさんの励ましにもうわの空で 「ン・・・ン」 とうなずくシーンに萌えきゅんキュンキュキューン! 今のアキバのアイドルちゃんたちには、こういう演技をぜひ勉強していただきたい。

 若尾さんを 「君はバロックのよう」 と評したご仁がいたけど、まさに真珠のようにつややかな肌、うなじのなめらかな曲線にため息しきり。
 撮影・宮川一夫、照明・岡本健一・・・。大映が、溝口組が誇る名匠たちの仕事は、いつだってハズレなし。モノクロなのに 「色」 がある。光をはじく映像の質感からして違うのだから。
 そしてメイクは、今回初めて知った小林昌典さんという方。あの雷蔵さんを妖艶な美剣士 『眠狂四郎』 に仕立てた大映の第一人者だそうだ。

 名作映画と気軽に触れ合える現代は、彼ら職人たちの存在と功績を知るよい機会でもある。ほんま勉強させてもろてます。


 姉さん分の木暮実千代さんは、完成された大人の色気。
 帯をほどくのでも着物をはだけるのでもなく、「足袋を脱ぐ」 行為に一番のエロティシズムを込めた。これにはうなった。

 そんな主役のふたりに伍する存在感なのが、お茶屋のおかみを演じた浪花千栄子さん。
 顔を立ててしきたりに従うよう諭す、静かなる迫力。浪花さんが映るだけで、空気がピンと張りつめたような緊張感。
 後年は、オロナインのホーロー看板――ふくよか・家庭的な笑顔で広く親しまれましたが、本作や 『二十四の瞳』 『錦之助版・宮本武蔵シリーズ』 などのイメージからか、ぼくは 「酷薄なコワい人」 に思ってしまう。それくらいすごい役者さんです。


 対する男たちはまぁ、揃いも揃ってイヤな奴ばかり!
 身元保証を断っておいて、娘が売れっ子になると金の無心にくる父親(進藤英太郎)。
 とにかく自分勝手なエロ専務(河津清三郎)は自業自得。
 そして木暮姐さんにご執心のむっつり役人(小柴幹治)、真面目ぶったこいつが一番イヤ。
  それと比べれば冒頭の、仕事もせずに芸者遊びに明け暮れる甲斐性なしの男(田中春男)なんかは、あとでイヤミな仕返しに来るけどまだいい人だよ。(田中春男さんはこういう役がピッタリで好き!)

 ・・・で、お話は、どうにも解せなかった。
 体を売らんと生活できん 「京都の名物も世界の名物も、みんな嘘や!」 となじる妹分の怒りがすべて。不快感しか残らなかった。
 自立した人間の強さではなく、醜い現実に身をまかせるしかないガマン強さだけ。こんな話が美しいか??

 溝口映画の頭脳、川口松太郎原作&依田義賢脚本とは、とことん肌が合わないなぁ・・・。

 
17:07  |  日本映画  |  コメント(0)  |  EDIT  |  上へ↑